抗HIV治療ガイドライン(2024年3月発行)

XVI医療従事者におけるHIVの曝露対策

6.曝露後の抗HIV薬内服(表XVI-1)

 内服開始前には、被曝露者について最低限以下の3項目の確認が必要である。

  1. 女性:妊娠あるいは妊娠可能性の確認
  2. 慢性B型肝炎の有無:抗HIV薬の選択において注意が必要である
  3. 腎機能障害の有無:抗HIV薬の選択において注意が必要である

 HIV曝露後予防の具体的方法は、2013年のCDCガイドライン7)では第1推奨薬は以下の2剤に簡素化されている。

  1. アイセントレス® (RAL)1錠400mg、1回1錠、1日2回
  2. ツルバダ®配合錠 (TDF/FTC)1錠、1回1錠、1日1回
表XVI-1 HIV曝露後予防のレジメン(以下を28日間内服する)
(1)第1推奨
1)アイセントレス®(RAL)+デシコビ®配合錠HT(TAF/FTC)
2)アイセントレス®(RAL)+ツルバダ®配合錠(TDF/FTC)
  • アイセントレス®は400mgを1日2回内服する(1日2錠)。
    なお、アイセントレス®は600mgの錠剤もあり、1日1回2錠(1200mg)内服という選択肢もあるが、基本は400mg錠の1日2回内服とする。
  • ツルバダ®配合錠、デシコビ®配合錠HTは1日1回1錠を内服する。
  • 上記薬剤は食事とは無関係に開始可能である。
(2)第2推奨
1)テビケイ(DTG)+デシコビ®配合錠HT(TAF/FTC)
2)テビケイ(DTG)+ツルバダ®配合錠(TDF/FTC)
3)ビクタルビ®配合錠(BIC/TAF/FTC)
  • テビケイ、ツルバダ®配合錠、デシコビ®配合錠HT、ビクタルビ®配合錠は1日1回1錠を内服する。
  • 上記薬剤は食事とは無関係に開始可能である。
(3)専門家との相談があったときのみ使用して良い抗HIV薬
  • ザイアジェン(ABC)
    注:トリーメク®配合錠内服の経験蓄積と日本人でのHLA B*5701対立遺伝子の保有率の低さから、以前より上位の選択肢になりうると考えられる。
(4)以下の薬剤は、曝露後予防としては禁忌(または推奨されない)。
  • ビラミューン®(NVP)

 HIV感染者への治療においては、ツルバダ®(TDF/FTC)は基本的にはデシコビ®配合錠(TAF/FTC)に代替可能と考えられている。しかし、2024年3月時点でも米国CDCのガイドラインでは曝露後予防内服として「ツルバダ®の代替薬としてデシコビ®が使用可能である」との見解は示していない。しかしながら、現実には多くの医療機関では採用薬としてツルバダ®はデシコビ®に置き換えられている。5000人以上を対象としPrEP(Pre-Exposure Prophylaxis, 曝露前予防)としての有効性をTAF/FTC vs TDF/FTCで比較した二重盲検RCT16)では、全参加者が48週以上、半数が96週の追跡を終了した時点で評価された。8756人年の追跡時点で22人(7人 vs 15人)のHIV感染例が確認され、HIV incidence rate ratio(IRR)は0.47(95%CI 0.19-1.15)と非劣性マージン1.62を下回っており、TAF/FTCによるPrEPのTDF/FTCに対する非劣性が示された。PrEPは針刺し曝露後のPEPとは状況は異なるが、この結果からも理論的には同様に予防効果が期待できると解釈して良いと考えられる。

 本ガイドラインでは効果の同等性と各種有害事象の少なさから、デシコビ®も優先的に使用可能な薬剤として推奨する。デシコビ®配合錠(TAF/FTC)はHTとLTの2種類がある点に注意が必要であり(HTはTAF 25mg、LTはTAF 10mgを含有)、アイセントレス®と併用する場合は「デシコビ®配合錠HT」を用いる。デシコビ®はツルバダ®と同じく1日1回1錠であり、食事と無関係に内服可能である。妊婦への安全性も確立している。周産期(もしくは妊婦)に関するDHHSガイドライン4)では、TAFはpreferred regimenに位置づけられている。TAFはTDFと比較した時の腎毒性のリスクが明らかに低く、妊娠・出産への影響も少なかった4, 17)

 ドルテグラビル(DTG:テビケイ)は、多くの治療ガイドラインにおいて第1推奨薬として位置付けられ、治療薬としての効果は確立している。2013年の米国CDCの曝露後予防内服ガイドライン7)の発行時にはDTGは承認されていなかったため記載はないが、2018年5月に追記のupdateが行われ、「妊娠初期あるいは妊娠可能な女性にはDTG投与を避けるべきである」としている。一方で、EACSではDTGは曝露後予防内服の選択薬剤として記載されている18)妊婦におけるDTG使用については、一時新生児の神経管欠損症(neural tube defects:NTD)が増える可能性が報告されたが、最終的にはDTG以外の抗HIV薬を内服していた場合と比較してやや高率であるものの統計学的有意差がないという結論に達している19-21) 第V章参照)。DHHS4)、EACS18)ともにDTGを母子感染予防薬として推奨している。以上より、飲みやすさ(1日1回)や耐性バリアの高さなどを考慮して、本ガイドラインにおいてはDTGを第2推奨薬として位置付けることとする。DTGはRALと比較し有害事象による中止例が多い可能性がある22)。日本では、関根らの報告23)によると269例のDTG使用例において精神神経障害合併8.9%(頭痛3%、迷走神経障害2%、異夢2%、睡眠障害2%)・消化器障害合併7.8%(下痢3%、悪心2%)・肝機能障害合併3.3%であり、副作用による中断は8例=3%(肝機能障害3例、消化器障害2例)であった。しかしHRD共同調査協議会の報告では、「テビケイ+ツルバダ®配合錠」940例での精神神経障害合併率は1.7%、「トリーメク」599例での精神神経障害合併率は1.33%と高頻度ではなかった24)

 PEPに用いられるレジメン間の有効性の違いについてのエビデンスは皆無である。一方で、感染者の治療で有効な抗HIV薬レジメンはPEPにおいても有効性が期待できるという仮定は一定の妥当性があると思われ、これに疑問を投げかけるようなPEPによる予防失敗例の報告は現時点まで見当たらない。一方で、PEPは薬剤アレルギーや、消化器系有害事象、肝腎機能障害などを起こす事があり、28日間のPEPを完遂できない事が少なくないという問題点があり、有効かつ安全なPEPを実施するためには、PEP時における有害事象の少なさやPEP完遂率が重要ではないかとも考えられる。加えて、PEPレジメンの有効性を期待するためには、薬剤耐性率が低いことが望ましい事は論を待たない。PEPレジメンの第1推奨薬剤であるRALは感染者の治療としても頻用されているが、比較的耐性バリアが低いためアドヒアランス不良により容易にRAL耐性株が選択されうる。そのため、RALを用いた治療が行われている曝露源からの経皮曝露の際にはRAL耐性の可能性が検討されるべきである。日本における未治療患者における伝播性薬剤耐性変異(TDR)の調査では、INSTI関連耐性変異の保有率は0.2%〜1.4%で推移しており、2012年からの10年間でやや増加傾向にある印象がある25)。以上を踏まえると、PEPレジメンもINSTI関連変異に対する耐性バリアが高く、有効性が期待できるDTG、BICへのシフトも今後の方向性として検討されてよいと考える。性的曝露後PEPとしてBIC/TAF/FTC(ビクタルビ®)を用いた検討では、安全性と忍容性は良好で従来のPEPレジメンよりも完遂率が高くHIV陽性となった症例はなかった26)。EACS18)ではBIC/TAF/FTCは曝露後予防内服の選択薬剤として記載されている。以上より、飲みやすさ(1日1回1錠)や耐性バリアの高さなどを考慮して、本ガイドラインにおいてはBIC/TAF/FTCも第2推奨薬として位置付けることとした。DHHS4)では母子感染予防の代替薬としてBIC/TAF/FTCを位置付けている。EACS18)では今のところ母子感染予防薬としては推奨していない。

 予防内服薬の選択に当たって、特に専門家への相談が必要な状況を表XVI-2にまとめた。

【被曝露者が慢性B型肝炎患者である場合】

 理論的には抗HBV効果のない薬剤が望ましいが(内服終了後にHBVのリバウンドを生じうるため)、それはガイドラインが推奨する「キードラック1剤+2剤のNRTI」の組み合わせにはならない。専門家との相談が必要である。

【被曝露者に腎機能障害がある場合】

 専門家との相談が必要である。すぐに連絡がつかない場合には、標準推奨薬で1回目の内服を速やかに行う。

【曝露源患者に薬剤耐性の可能性がある場合】

 専門家との相談が必要である。すぐに連絡がつかない場合には、標準推奨薬で1回目の内服を速やかに行う。

表XVI-2 曝露後の抗HIV薬予防内服時に専門家に相談することが推奨される状況
1 曝露の報告が遅延した場合(例えば72時間以上) 遅延した場合には曝露後予防での有効性は不明である。
2 曝露源不明の場合
(例えば針捨てボックス内や洗濯物内の針)
曝露後予防はケースバイケースで行うこと。曝露の重篤さとHIV曝露の疫学的起こりやすさを勘案して考えること。針や鋭利物に対してHIV検査を実施することは米国では推奨されていない。
3 被曝露者に妊娠が明確または疑われる場合 専門家への相談のために曝露後予防が遅れてはならない。
4 被曝露者における授乳 専門家への相談のために曝露後予防が遅れてはならない。
5 曝露源ウイルスの薬剤耐性が明確または疑われる場合 曝露源患者ウイルスが曝露後予防で使用される薬剤の1剤以上への耐性が明確である、または疑われる場合には、曝露源患者ウイルスが耐性がないであろう薬剤を選択することが推奨される。また、曝露源患者ウイルスの耐性検査を待つために曝露後予防が遅れてはならない。
6 曝露後予防開始後の毒性 症状(例えば消化器症状やその他症状)の多くは曝露後予防の薬剤を変更することなく対応可能である。症状はしばしば不安により悪化するため、副作用への対応に関するカウンセリングとサポートは非常に重要である。
7 被曝露者における重篤な疾患 背景に重篤な疾患がある場合や被曝露者が既に複数の薬剤を内服している場合には、薬剤毒性や薬剤相互作用が増える可能性を考慮しなければならない。

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