V初回治療に用いる抗HIV薬の選び方
本章は、慢性期の成人HIV陽性者に対する初回治療について記述している。ウイルス学的抑制が長期に安定して得られている患者での薬剤変更についてはVI章、治療失敗例については第VII章を、急性HIV感染症については第XIV章を参照されたい。
要約
- NRTI 2剤+INSTI 1剤、NRTI 1剤(3TC)+INSTI 1剤(DTG)の2剤療法、NRTI 2剤+PI 1剤(少量のrtvもしくはコビシスタット(cobi)併用)、NRTI 2剤+NNRTI 1剤のいずれかの組み合わせを選択する。併存疾患、副作用、薬物相互作用、アドヒアランスの予測、食事との関連、錠剤数、薬剤の大きさ、患者のライフスタイル・希望などの点から患者に最も適したものを選び、服薬率100%を目指す。
- 本章では、日本のHIV感染症の専門医たちが実際にどのような抗HIV薬およびその組み合わせを選択しているかについて最新の情報を記載した。診療経験の少ない医師は、専門医がどのような薬剤を選択しているかを理解し、自身での選択の参考にしていただきたい。
- 妊娠の可能性がある女性では治療開始前に挙児希望の有無と妊娠の有無について確認する必要がある。HIV陽性の全ての妊婦は可及的速やかに抗HIV薬を開始すべきである。妊娠の可能性のある女性及び妊婦に対する抗HIV薬の選択について、各ガイドラインにおける推奨を示した。
- 被災時など抗HIV薬がどうしても手に入らない場合には、通常通りの内服後、一定期間休薬した方が1日おきなど飛び飛びに内服して長持ちさせるよりも薬剤耐性ウイルスを誘導しにくいことをあらかじめ患者に伝えておく事は重要である。
1.抗HIV薬選択の基本
2024年3月の時点で、日本で使用可能な抗HIV薬を表V-1に示す。作用機序により核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI)、非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI)、プロテアーゼ阻害剤(PI)、インテグラーゼ阻害剤(INSTI)、侵入阻害剤(CCR5阻害剤)、カプシド阻害剤(CAI)に分類される。これらの抗ウイルス薬を組み合わせて治療する抗レトロウイルス療法(ART)が治療の標準である。抗HIV薬の中でHIVを抑制する効果がより強力な薬剤を「キードラッグ」、キードラッグを補足しウイルス抑制効果を高める役割をもつ薬剤を「バックボーン」と呼ぶ。バックボーンをNRTI 2剤とし、キードラッグを1剤(薬剤によってはrtvもしくはcobiを併用)とする組み合わせが一般的である。初回治療としてINSTI 1剤(DTG)+NRTI 1剤(3TC)の2剤療法の使用もエビデンスから支持される。
Bartlettらは、1994〜2004年に結果が公開されたARTの臨床試験で、参加者が初回治療患者に限定され、1つの治療レジメンに30名以上が参加し、24週以上フォローアップが行われたものの治療成績を集計した1)。ART開始後48週目の血中HIV RNA量が50コピー/mL未満となる患者の割合が高かったのは、キードラッグがNNRTIか、rtvを併用したPI(boosted PI)を含むARTであった。その後、新たに登場したキードラッグであるINSTIもNNRTIやPIとの比較試験の結果、優れた抗ウイルス効果が証明されている(後述)。
また、NRTIを使用せずに、キードラッグであるLPV/rtvとEFV(販売中止)の2剤のみを投与した臨床試験が報告されている2)。これによれば「LPV/rtv+EFVの2剤」群のウイルス抑制効果は「NRTI 2剤+EFV」群と同等であったが薬剤耐性ウイルスの出現率が高く、結果としてキードラッグ2剤併用をもってしても、従来の「NRTI 2剤+キードラッグ1剤」群を凌駕することはできなかった。しかしその後、長期療養時代に入った現在のHIV感染症診療では医療費抑制の観点からも2剤併用療法は選択肢の一つと考えられるようになり、海外のガイドラインでも初回治療としていくつかの条件つきではあるもののDTG/3TCが推奨されており3, 4)、個別化治療としての選択肢を増やした5)。
表V-1 日本で承認されている抗HIV薬(2024年3月現在)
一般名 | 商品名 | 略称 | 承認時期 |
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ジドブジン | レトロビルカプセル | AZT(またはZDV) | 1987年11月 |
ラミブジン | エピビル錠 | 3TC | 1997年2月 |
ジドブジンとラミブジンの合剤 | コンビビル錠 | AZT/3TC(またはCBV) | 1999年6月 |
アバカビル | ザイアジェン錠 | ABC | 1999年9月 |
テノホビルジソプロキシルフマル酸塩 | ビリアード錠 | TDF | 2004年3月 |
アバカビルとラミブジンの合剤 | エプジコム錠 | ABC/3TC(またはEPZ) | 2004年12月 |
エムトリシタビン | FTC | 2005年3月 | |
エムトリシタビンとテノホビルジソプロキシルフマル酸塩の合剤 | ツルバダ錠 | TDF/FTC(またはTVD) | 2005年3月 |
エムトリシタビンとテノホビルアラフェナミドの合剤 | デシコビ配合錠LT・HT | TAF/FTC(またはDVY) | 2016年12月 |
一般名 | 商品名 | 略称 | 承認時期 |
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ネビラピン | ビラミューン錠 | NVP | 1998年11月 |
リルピビリン | エジュラント錠 | RPV | 2012年5月 |
リルピビリン | リカムビス水懸筋注 | RPV注 | 2022年5月 注:ウイルス学的抑制が長期に安定して得られている抗HIV薬既治療患者に使用 |
リルピビリン、エムトリシタビン、テノホビルアラフェナミドの合剤 | オデフシィ配合錠 | RPV/TAF/FTC (またはODF) |
2018年8月 |
ドラビリン | ピフェルトロ錠 | DOR | 2020年1月 |
一般名 | 商品名 | 略称 | 承認時期 |
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リトナビル | ノービア錠 | rtv | 2011年2月 |
ロピナビル(少量リトナビル含有) | カレトラ錠/リキッド | LPV/rtv | 2000年12月 |
ダルナビル | プリジスタ錠(600mg) | DRV | 2014年12月 |
ダルナビルとコビシスタットの合剤 | プレジコビックス配合錠 | DRV/cobi(またはPCX) | 2016年11月 |
ダルナビル、コビシスタット、エムトリシタビン、テノホビルアラフェナミドの合剤 | シムツーザ配合錠 | DRV/cobi/TAF/FTC(またはSMT) | 2019年6月 |
一般名 | 商品名 | 略称 | 承認時期 |
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ラルテグラビル | アイセントレス400mg錠 | RAL | 2008年6月 |
アイセントレス600mg錠 | 2018年5月 | ||
エルビテグラビル、エムトリシタビン、テノホビルアラフェナミド、コビシスタットの合剤 | ゲンボイヤ配合錠 | EVG/cobi/TAF/FTC(またはGEN) | 2016年6月 |
ドルテグラビル | テビケイ錠 | DTG | 2014年3月 |
ドルテグラビル、アバカビル、ラミブジンの合剤 | トリーメク配合錠 | DTG/ABC/3TC(またはTRI) | 2015年3月 |
ドルテグラビルとリルピビリンの合剤 | ジャルカ配合錠 | DTG/RPV | 2018年11月 注:ウイルス学的抑制が長期に安定して得られている抗HIV薬既治療患者に使用 |
ビクテグラビル、エムトリシタビン、テノホビルアラフェナミドの合剤 | ビクタルビ配合錠 | BIC/TAF/FTC(またはBVY) | 2019年3月 |
ドルテグラビルとラミブジンの合剤 | ドウベイト配合錠 | DTG/3TC | 2020年1月 |
カボテグラビル | ボカブリア錠 | CAB | 2022年5月 注:CAB+RPV注の経口導入および代替投与 |
カボテグラビル | ボカブリア水懸筋注 | CAB注 | 2022年5月 注:ウイルス学的抑制が長期に安定して得られている抗HIV薬既治療患者に使用 |
一般名 | 商品名 | 略称 | 承認時期 |
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マラビロク | シーエルセントリ錠 | MVC | 2008年12月 |
一般名 | 商品名 | 略称 | 承認時期 |
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レナカパビル | シュンレンカ錠 | LEN | 2023年8月 注:LEN注の経口導入として多剤耐性HIV-1感染症患者に使用 |
レナカパビル | シュンレンカ皮下注 | LEN注 | 2023年8月 注:多剤耐性HIV-1感染症患者に使用 |