X免疫再構築症候群
要約
- 免疫再構築症候群に関するエビデンスは、集積しつつあるが、ガイドラインとして推奨できる項目は未だ限られている。
- 免疫不全のあるHIV感染者に対して有効な抗HIV治療を開始後、数ヵ月以内に日和見感染症などの疾患が発症、再発、再増悪した場合には免疫再構築症候群と考えて対応する。この期間は、特に免疫不全が進行した症例では免疫再構築症候群を意識した経過観察が必要である。
- CD4陽性Tリンパ球数が50/μL以下、血中HIV RNA量が10万コピー/mL以上の症例では抗HIV治療時に免疫再構築症候群の発症に注意すべきである。
- わが国における免疫再構築症候群の発症頻度は、抗HIV治療例全体で8.0%前後であるが、施設によって異なる。わが国で頻度の高い疾患は、帯状疱疹、非結核性抗酸菌症、サイトメガロウイルス感染症、ニューモシスチス肺炎、結核症、カポジ肉腫などであり、最近はB型肝炎、進行性多巣性白質脳症が増加傾向である。
- 免疫不全の進行した症例に抗HIV治療を開始する前には、日和見合併症の有無を評価し、必要な日和見感染症の予防を開始しておく。
- 海外から日和見感染症治療開始後早期に抗HIV治療を開始することの意義が報告されている。特に結核症については、DHHSガイドラインでCD4陽性Tリンパ球数が50/μL未満の場合には抗結核治療開始2週以内、50/μL以上の場合も8週以内に抗HIV治療を始めることを推奨している。しかし、実際は症例の状況に応じて抗HIV治療導入時期を判断するが、導入時期が遅くなり過ぎないように注意することが重要である。
- 抗HIV治療開始時にプレドニゾロンを併用することで、結核によるparadoxical IRISの発症率を低下させる可能性がある。
- 免疫再構築症候群への対処方法には、抗微生物薬の継続・開始・追加・変更、NSAIDsや副腎皮質ステロイド薬の投与がある。生命を脅かす場合や副腎皮質ステロイド薬が無効な場合などには、抗HIV治療の中止を考慮する。
1.概念・診断
免疫不全が進行した状態で抗HIV治療を開始した後に、日和見感染症などが発症、再発、再増悪することを経験する1)。抗HIV治療を行なうと急速にHIV RNA量が減少し、HIV感染症により機能不全に陥っていた単球・マクロファージ・NK細胞などの機能が回復することやCD4陽性Tリンパ球が増加してくることなどで患者の免疫能が改善するが、制御性T細胞活性の低下は持続している。そのため、体内に存在する病原微生物などに対する免疫応答が過剰に誘導されるために起こると考えられている2)。このような機序が想定されていることから、抗HIV治療開始後に認める日和見感染症などの発症、再発、再増悪は「免疫再構築症候群(immune reconstitution syndrome:IRSやimmune reconstitution inflammatory syndrome:IRISなど)」と呼ばれている。過剰な免疫応答を起こす対象抗原によって免疫再構築症候群の分類が行なわれている(表X-1)3)。感染性(unmasking)とは無治療の感染症が抗HIV治療後に顕在化してくる場合であり、感染性(paradoxical)とは治療によって改善・治癒していた感染症が抗HIV治療後に再増悪してくる場合である。
しかし、免疫再構築症候群の確定した診断基準は未だ存在しない。表X-2には、Shelburneら4)が提案した免疫再構築症候群の診断基準を示す。これも免疫再構築症候群の概念を理解する上では役立つが、4番目の「新たな感染症、既に認識されている感染症の予測されうる臨床経過や治療の副作用では説明できない」という項目を臨床的に確定することは意外に難しいこともあると考える。また、日和見感染症に限定されたものではなく、自己免疫疾患などさまざまなものが免疫再構築症候群と関連づけて報告されており5)(表X-3)、今後は免疫再構築症候群の診断基準を確立することが重要な課題である。
表X-1 免疫再構築症候群の病態に関わる分類
分類 | 対象となる抗原 | 実例 |
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表X-2 免疫再構築症候群の診断基準
- 1)HIV感染
- 2)ARTを実施
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- 治療前値よりも血中HIV-1 RNA量減少
- 治療前値よりもCD4数増加
- 3)炎症反応に矛盾しない症候
- 4)臨床経過が以下のことで説明できないこと
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- 既に診断されている日和見感染症の予測される経過
- 新たに診断された日和見感染症の予測される経過
- 薬剤の副反応
表X-3 免疫再構築症候群として報告されている疾患
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現時点では、免疫不全のあるHIV感染者に対して新規に抗HIV治療を開始後、もしくは効果不十分な治療を有効な抗HIV治療に変更後、数ヵ月以内に日和見感染症などの疾患が発症、再発、再増悪した場合には免疫再構築症候群と考えて対応するのが妥当である。この際も、抗HIV治療が有効であることを確認すること(血中HIV RNA量の低下)や抗HIV薬などの副作用を除外することが必要である。しかし免疫再構築症候群としてのグレーヴス病(甲状腺機能亢進症)は、抗HIV治療開始12〜36ヵ月後と遅れて発症する6)ことを知っておく必要がある。