抗HIV治療ガイドライン(2024年3月発行)

VIウイルス学的抑制が長期に安定して得られている患者での薬剤変更

6.どの組み合わせに変更するのか

 これまでの初回抗HIV治療として推奨されている組み合わせの多くは、核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI)2剤にキードラッグを1剤追加した3剤療法であった。ウイルス学的抑制が長期に安定して得られている患者での薬剤変更では、QOLの向上や長期的な有害事象の軽減、医療費の抑制といった観点も重視され、2剤療法のエビデンスが蓄積してきている。さらには、2剤療法の1つとして持効性注射剤であるCAB+RPV注による治療も登場した。ここでは、3剤療法・2剤療法・単剤療法に分類して概説する。

(1)3剤療法への変更

 薬剤耐性変異の獲得がある症例や、ウイルス学的治療失敗歴があり薬剤耐性獲得の可能性がある症例を除外すると、初回抗HIV治療として推奨されている3剤療法への変更については変更後のウイルス学的治療失敗の危険性は極めて少ない(AI-III)。ウイルス学的に抑制された症例を対象としたスイッチ試験の多くでは、前治療に対する被験薬(現在の初回治療の推奨の組み合わせ)の非劣性が証明されている。以下にエビデンスとなった代表的な第III相臨床試験の結果を紹介する。

 BIC/TAF/FTCについては、複数のスイッチ試験が行われた。ブーストしたATVまたはDRVを含む前治療からBIC/TAF/FTCへのスイッチ試験(1878試験)では、6ヵ月以上のウイルス学的抑制が得られた患者が対象になった4)。主要評価項目である48週における血中HIV RNA量が50コピー/mL以上の症例の割合はBIC/TAF/FTC群が2%、前治療継続群が2%であり、非劣性が証明された。1844試験は、DTG/ABC/3TCからのスイッチ試験である5)。3ヵ月以上のウイルス学的抑制が得られた患者が対象になった。この試験は、他の多くのスイッチ試験と異なり、二重盲検試験として実施された。スイッチ(BIC/TAF/FTC)群と前治療を継続する(DTG/ABC/3TC)群に1:1で無作為に割り付けられた。主要評価項目はFDA snapshot解析による投与48週における血中HIV RNA量が50コピー/mL以上の症例の割合であった。血中HIV RNA量が50コピー/mL以上の症例の割合はBIC/TAF/FTC群で1%、DTG/ABC/3TC群で1%未満であり、BIC/TAF/FTCの非劣性が示された。患者報告アウトカムを検討した報告では、悪心・嘔吐やめまい・ふらつきといった不快な症状の頻度がDTG/ABC/3TC群と比較するとBIC/TAF/FTC群で有意に少なかった6)

 RAL(400mg錠・1日2回)を被験薬とした第III相臨床試験にはSWITCHMRK試験がある7)。LPVベースの治療によりウイルス学的抑制が3ヶ月以上観察された症例が対象となった。RALの非劣性を証明するための二重盲検化試験として計画された。24週におけるウイルス学的治療成功率は、RAL群で84.4%、前治療継続群で90.6%であった。その差(-6.2%)の95%信頼区間(-11.2から-1.3)の上限が0を下回ったため、LPVに対するRALの劣性が示された。過去のウイルス学的治療失敗歴がある症例で、RALにスイッチ後の治療失敗のリスクが高いことが示された。この試験の結果は、耐性バリアの低い薬剤に変更する時には、過去の治療失敗歴や薬剤耐性獲得の確認の必要性を意味している。RAL(600mg錠・1日1回)については薬剤変更に関する第III相臨床試験は実施されていない。

 上記に加え、DTG/ABC/3TC(STRIIVING試験)8)、RPV/TAF/FTC(1216試験と1160試験)9, 10)、DRV/cobi/TAF/FTC(EMERALD試験)11)、DOR/TDF/3TC(DRIVE-SHIFT試験)12)を被験薬としたスイッチ試験が行われており、いずれもスイッチ前の治療に対する非劣性が示された。

(2)2剤療法への変更

 2剤療法には、キードラッグ1剤とNRTI 1剤の組み合わせと、キードラッグ2剤の組み合わせがある。初回抗HIV治療として推奨されているDTG/3TCや第III相臨床試験でのエビデンスがあるDTG/RPV・CAB+RPV注への変更は、適切な症例を選択すれば、治療変更の選択肢として十分考慮できる。DTG+3TCについては34の実臨床データの報告における5017例を解析したシステミック・レビューが、DTG+RPVについては10の実臨床データの報告における1578例を解析したメタアナリシスが発表され、第III相臨床試験と同様の有効性が示された13, 14)。しかし、それら以外の2剤療法の実臨床データは限られている15)

キードラッグ1剤とNRTI1剤の組み合わせ

 NRTI 1剤とINSTIを併用した組み合わせとしては、DTG/3TCが挙げられる。3剤療法からDTG/3TCにスイッチした大規模臨床試験には、TANGO試験がある16)。この試験は、TAFベースの3剤療法により6ヵ月以上ウイルス学的抑制となった症例が対象となり、前治療を継続する群とDTG/3TCの合剤にスイッチする群に1:1に無作為に割り付けられた。ウイルス学的治療失敗歴のある症例や、薬剤耐性の症例、B型肝炎を合併した症例(HBs抗原陽性・血中HBV DNA陽性のいずれかを満たす症例)が除外された。投与48週における血中HIV RNA量が50コピー/mL以上の割合は、DTG/3TC群で0.3%、3剤治療継続群で0.5%であり、3剤療法に対するDTG/3TCの非劣性が示された。また、DTG/3TC群で薬剤耐性を獲得した症例は報告されなかった。この結果から、DTG/3TCへの変更はウイルス学的治療失敗歴がなく、DTGと3TCに対して耐性を認めず、B型肝炎合併がない症例については考慮すべき選択肢である(AI)。

 NRTI 1剤とPIを併用した組み合わせとしては、ATV(販売中止)+rtv+3TC、DRV+rtv+3TC、LPV/rtv+3TCなどのスイッチ試験の報告がある17–20)。TDF、TAF、ABCが使用できない場合など、DRV/cobi+3TC(CIII)が妥当な選択肢になる可能性がある。

キードラッグ2剤の組み合わせ

 キードラッグ2剤の組み合わせは、臨床試験でエビデンスが示されたものは少ないものの、さまざまな組み合わせが存在する。Ccr30mL/分未満の腎機能低下がある場合、NRTIは用量調整が必要となり、NRTI含有の配合錠は使用できない。臨床の現場では、腎機能低下の他にもさまざまな理由でキードラッグ2剤の組み合わせが選択肢になる可能性がある。

 第III相臨床試験として、CAB+RPV注へのスイッチ試験とDTG+RPVへのスイッチ試験(SWORD-1/2試験)、DTG+DRV+rtvへのスイッチ試験(DUALIS試験)が行われた。

 CAB+RPV注については4つのスイッチ試験が行われた。ATLAS試験は経口3剤療法でウイルス学的抑制が達成された症例が対象となり、経口治療の継続群とCAB+RPV注の4週間隔投与へのスイッチ群との比較が行われた21)。FLAIR試験は治療未経験者を対象に初回治療としてDTG/ABC/3TCが20週間投与された22)。ウイルス学的抑制を確認した後に、DTG/ABC/3TCを継続する群とCAB+RPV注の4週間隔投与にスイッチする群に無作為に割り付けられた。両試験ともに、経口治療に対するCAB+RPV注の非劣性が示された。ATLAS-2M試験は、CAB+RPV注の4週間隔投与に対する8週間隔投与の非劣性を証明するために計画された23)。投与48週における血中HIV RNA量が50コピー/mL以上の割合は、4週間隔投与群で1.0%、8週間隔投与群で1.7%であり、4週間隔投与に対する8週間隔投与の非劣性が示された。SOLAR試験は、BIC/TAF/FTCでウイルス学的抑制が得られた症例が対象となり、BIC/TAF/FTCに対するCAB+RPV注の2ヵ月間隔投与の非劣性を証明するために計画された。投与11〜12ヶ月における血中HIV RNA量が50コピー/mL以上の割合は、CAB+RPV注群が1.1%、BIC/TAF/FTC群が0.4%であり、CAB+RPV注の非劣性が示された24)

 これらの結果から、持効性注射剤であるボカブリア水懸筋注とリカムビス®水懸筋注の併用が1ヵ月間隔投与と2ヵ月間隔投与の用法で承認された。ウイルス学的失敗の経験がなく、切り替え前6ヵ月間以上においてウイルス学的抑制が得られており、CAB及びRPVに対する耐性変異を持たず、通院アドヒアランスが良好でB型肝炎の合併がない既治療患者については考慮すべき選択肢である(1ヵ月間隔投与、2ヵ月間隔投与ともにAI)。

 上記の臨床試験では、通院スケジュールを守り薬剤血中濃度が保たれていても少数例でウイルス学的失敗に伴う薬剤耐性が出現し、SOLAR試験では12ヶ月で0.4%(447例中2例)が薬剤耐性を獲得した。通院のアドヒアランスが良好でも耐性獲得のリスクには留意する。ウイルス学的治療失敗に関連するベースライン因子としてRPV耐性関連変異・サブタイプA6/A1感染・BMI≥30kg/m2が報告された25)。これらを2つ以上保有するとウイルス学的治療失敗のリスクが高まった。また、規定の通院スケジュールを守れない場合や、経口の代替投与を繰り返す場合には、CAB+RPV注の継続が適切かどうかを再評価する。特に、アドヒアランス不良患者で本治療を行った場合には、投与予定日に投与できず容易に薬剤耐性を獲得する懸念がある。一方で、臨床試験の参加者はこの治療を希望しており参加者の満足度は高かった。つまり、CAB+RPV注の耐性バリアは経口治療よりも優れたものではなく、疼痛を主とする注射部位反応も存在するが、服薬疲れなどの毎日の服薬に関連するさまざまな問題点からの回避といったQOLの向上が期待できる。医療スタッフの負担に関しては経口治療よりも大きく、筋肉注射の技術の習得など治療の導入にあたり事前の準備が必要である。

 SWORD-1/2試験26)とDUALIS試験27)は、それぞれDTG+RPVとDTG+DRV+rtvを被験薬としたスイッチ試験である。両試験とも前治療の継続に対して非劣性が示された。ウイルス学的抑制が得られた患者では、DTG/RPVへの変更も考慮すべき選択肢の一つである(BI)。また、他に選択肢がない場合にはDTG+DRV/cobi(CIII)も考慮することができる選択肢である。

(3)単剤療法への変更

 単剤療法は第2世代INSTIであるDTGや薬物動態学的ブースター併用のPIのいずれにおいても推奨できない(AI)。DTGの単剤療法(保険適用外)の評価を目的とした複数のスイッチ試験が報告されている28)。スイッチした多くの症例でウイルス抑制は持続したものの、治療失敗に伴いインテグラーゼ領域の薬剤耐性変異が容易に出現していた。薬物動態学的ブースター併用のPIによる単剤療法(LPV/rtv以外は保険適用外)も、複数のスイッチ試験の報告がある。2016年に報告された13の無作為化比較試験のメタアナリシスでは、3剤療法と比較するとPIの単剤療法で血中HIV RNA量が50コピー/mL以上となるリスクが高かった29)

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