III抗HIV治療の基礎知識
4.HIV感染症治療の目的
無症候期においてもHIVは活発に増殖し、CD4陽性Tリンパ球をはじめとする免疫系を破壊し続けている19, 20)。抗HIV療法によりHIVの増殖を十分に抑制すると、胸腺から新たにナイーブTリンパ球が供給されCD4数が増加し、日和見感染症の減少およびAIDSによる死亡者数の減少につながる。現在用いられている抗HIV薬は、HIVの増殖サイクルを阻害する薬剤であり、その効果判定は血中HIV RNA量を測定することにより行われる。一方、HIVの増殖阻害によってどの程度免疫力が回復したかは、CD4数が指標となる。
現在標準的に行われる抗レトロウイルス療法(ART)は、強力にHIVの増殖を抑制し患者の免疫能を回復させることが出来る。そのおかげでHIV感染者の生命予後は著しく改善されたが、ARTをもってしてもHIVを感染者の体内から駆逐することは容易ではない。その主な理由は、HIVの一部がメモリーTリンパ球と呼ばれる寿命の長い細胞に潜伏感染していることにある21)。HIVの駆逐のためにはこの感染細胞が消滅するまでARTを継続する必要があり、そのために要する期間は平均73.4年と推定されている(表III-2)。このことは、ARTを開始したHIV感染者は事実上生涯治療を継続する必要があることを意味する。100%に近い内服率を守りながら長期間の薬剤の内服を続けることは、患者のQOLの低下、経済的負担、長期毒性の危険性など様々な問題を惹起する。現行の抗HIV治療でHIVを駆逐する(治癒させる)ことが事実上困難であるという背景のもと、ARTの開始は、それ以上ART開始を遅らせると患者の生命予後に影響を与える時期まで待つのが2000年代前半の流れであった。しかし近年になって、治療開始がHIVの2次感染の予防にもなること、HIV感染者自身に対しても早期の治療がAIDSや非AIDS悪性腫瘍の発生を抑制することが明確に示された。そのため、CD4数にかかわらず早期にARTを開始することが現在の世界の標準となっている(次章で詳説する)。
患者 | 症例数 | ARTの期間 | 潜伏感染 |
潜伏感染 |
---|---|---|---|---|
全症例 | 59人 | 45.4ヵ月 | 44.2ヵ月 | 73.4年 |
Blip(+)2) | 21人 | 53.0ヵ月 | 57.7ヵ月 | 95.8年 |
Blip(-)2) | 18人 | 62.1ヵ月 | 30.8ヵ月 | 51.2年 |