VII治療失敗時の薬剤変更
要約
- 抗HIV療法(ART)の効果が十分かどうかを判断する際に最も重要な指標は血中HIV RNA量である。
- ART開始後に血中HIV RNA量が200 コピー/mL未満で安定しない場合や、安定していたHIV RNA量が再上昇する場合には、治療失敗と判断される。ただし、間欠的な低レベルの増加(Blip)が観察される場合に、それが薬剤耐性変異につながるかについては結論がでていない。
- 血中HIV RNA量が200コピー/mLを超えるウイルス学的失敗例では薬剤耐性検査を実施する(HIV-RNA量 >1000コピー/mLの場合AI、501〜1000コピー/mLの場合AIII、201〜500コピー/mLの場合CIII)。同時に、服薬状況を丁寧に問診し正確に把握することが重要である。
- 薬剤耐性検査の結果が薬剤耐性変異による治療失敗と判断される症例では、薬剤耐性検査の結果をもとに治療変更(Salvage治療)を考慮する(AI)。その際には、服薬の実態の把握が重要である。服薬が適切でなかった症例では、その原因を明らかにし、変更薬剤の選択でも考慮に入れる。
- 薬剤耐性症例に対する治療変更に際しては、感受性が保たれた抗HIV薬を少なくとも2剤、できれば3剤併用し、このうち1剤は耐性バリアの高い薬剤(ブーストしたダルナビル、あるいはドルテグラビル・ビクテグラビル)とすることが望ましい。
- 多剤耐性症例に対してはレナカパビルの併用も選択肢となりうるが、機能的単剤療法(レナカパビル以外に有効な薬剤がレジメンに含まれていない、あるいは併用薬の内服アドヒアランスが不良)となった場合は、レナカパビルの耐性化により将来の治療選択肢をさらに狭める可能性があることに注意する。
- 多剤耐性症例に対してSalvage療法を導入する場合は、専門医療機関に相談することが望ましい。
1.「治療失敗」の定義
抗HIV療法(ART)の効果が十分かどうかを判断する際に最も重要な指標は、血中HIV RNA量である。ART開始後に血中HIV RNA量が200 コピー/mL未満で安定しない場合や、安定していたHIV RNA量が再上昇する場合には、治療失敗と判断される。
ARTの治療目標は、一般的には血中HIV RNA量を測定感度(現時点の商業ベースの血中HIV RNA量では20コピー/mL)未満に維持すること(ウイルス学的抑制)とされてきた。しかし、実際のART施行例では毎回の検査において常に測定感度未満を維持する症例ばかりとは限らず、間欠的な低レベルの血中HIV RNA量の増加が少なからず見られる。良好な治療経過中にみられるこのような一過性で低いレベル(典型的には200コピー/mL未満)のウイルス血症は「Blip」と呼ばれている。Blipは血中HIV RNA量のさらなる増加や薬剤耐性変異の出現に結びつくとする報告1-4)と、関連がないとする報告5-7)が混在している。Blipの存在は必ずしも「薬剤耐性変異につながること」を意味するわけでなく、20〜200コピー/mLの比較的小さなBlipが時々みられる程度であれば、服薬率を確認しながら同じ治療の続行を選択して良いと考えられるが、200コピー/mL以上のHIV RNA量が続く場合はしばしば薬剤耐性変異の出現と蓄積につながるため、薬剤耐性検査を実施すべきである。2011年版以降のDHHSガイドラインでは、ウイルス学的失敗(virologic failure)を「血中HIV RNA量が200コピー/mL未満を維持できない状態」と定義している8)。耐性検査に関しては、従来は血中HIV RNA量が500コピー/mLを越えた場合に推奨していたが、2021年以降は200コピー/mLを超える場合に推奨しており、本ガイドラインもそれに準拠した(HIV-RNA量 >1000コピー/mLの場合AI、501-1000コピー/mLの場合AIII、201-500コピー/mLの場合CIII)。薬剤耐性検査(遺伝子型)は保険収載されており外注検査として実施できるが、保険点数が6,000点(60,000円)と高額であること、また算定は3ヵ月に1回が限度であることに注意する。
CD4陽性Tリンパ球数(以下、CD4数)は抗HIV療法の開始後、最初の1年間で平均約150/μL増加するとされるが、個人差が大きく高齢者ほど増加速度は緩やかである9)。患者によっては治療の早期にCD4数が増加するものの、その後の上昇が鈍化する場合もあるが、その場合、血中HIV RNA量が十分にコントロールされていれば同じ治療を継続して良い。