III抗HIV治療の基礎知識
要約
- HIV感染症は大きく3つの病期(急性感染期、無症候期、AIDS期)に分けることができる。AIDS期には日和見疾患に罹患する危険が生じるが、初感染からAIDS期に至るまでの時間は症例により異なる。
- HIV感染症をモニターする上では、免疫状態の指標となるCD4陽性Tリンパ球数および抗ウイルス療法の治療効果の指標となる血中HIV RNA量が重要なパラメーターである。
- 現在、標準的に行われている抗レトロウイルス療法(ART)は、HIVの増殖を効果的に抑制し感染者のAIDS進行を防止することができる。しかし、ARTにより体内からウイルスを駆逐するためには少なくとも数十年間の治療が必要と考えられており、事実上治癒は困難である。
- 効果的なARTにより血中HIV RNA量を200コピー/mL未満に持続的に抑制することにより性的パートナーへのHIVの感染を防止できる(Undetectable = Untransmittable; U=U)。医療従事者はこれをHIV陽性者に伝える必要がある。
新規に診断されたHIV陽性者のみならず、すでに服薬しているHIV陽性者に対してもU=Uについて情報提供することが必要である。
1.HIV感染症の自然経過
HIVは主としてCD4陽性Tリンパ球とマクロファージ系の細胞に感染するレトロウイルスである。感染したHIVはリンパ組織の中で急速に増殖し、感染後1〜2週の間に100万(1×106)コピー/mLを超えるウイルス血症を呈する。約半数の患者は、この時期に発熱、発疹、リンパ節腫脹などの急性感染症状を呈する。HIVに対する特異的な免疫反応が立ち上がってくるとウイルスは減少するが、完全には排除されない。やがて活発に増殖するウイルスとそれを抑え込もうとする免疫系が拮抗し、慢性感染状態へと移行する。慢性感染状態における血中のHIV RNA量は個々人で比較的安定した値に保たれ、この値をウイルス学的「セットポイント」と呼ぶ(図III-1)。血中HIV RNA量とHIV感染症の進行速度(CD4陽性Tリンパ球の減少速度)との間には緩やかな相関関係があるが、患者ごとで大きなばらつきがあることに注意する必要がある1, 2)。
患者の免疫機構とHIVが拮抗した状態は、これまで平均10年くらい持続するといわれてきた。この間、感染者は、ほとんど症状なく経過する(無症候期)。近年、米国では新たに感染した患者のうち36%が1年以内に後天性免疫不全症候群(AIDS:Acquired Immunodeficiency Syndrome)を発症したという3)。この要因として以前に比べてウイルス学的「セットポイント」が上昇している4)、CD4陽性Tリンパ球数(以下、CD4数)の減少が早い5)、といった報告があり、HIVの病原性が変化した可能性が示唆されている。しかしその一方で、これらの臨床的指標は変化しておらずHIVの病原性変化を示唆する所見はないとする報告もあり6, 7)、一定の見解は得られていない。いずれにせよ、無症候期の間もHIVは増殖し続け、HIVの主要な標的細胞であるCD4陽性Tリンパ球はほとんどの感染者で減少していくが、減少の速度は個人差が大きい。CD4陽性Tリンパ球は、正常な免疫能を維持するために必要な細胞であり、その数が200/μLを下回るようになると細胞性免疫不全の状態を呈し、表III-1に示すような種々の日和見感染症、日和見腫瘍(AIDS指標疾患)を併発しやすくなる。AIDS指標疾患を発症すると、後天性免疫不全症候群(AIDS:Acquired Immunodeficiency Syndrome)である。抗HIV療法が行われない場合、AIDS発症後死亡にいたるまでの期間は約2年程度であるとされている。
以上のように、HIV感染症は大きく3つの病期(急性感染期、無症候期、AIDS期)に分けることができる。急性感染期とAIDS期の長さには比較的個体差が少なく、無症候期の長さに大きな個体差がある。
図III-1 HIV感染症の臨床経過
表III-1 AIDS指標疾患
A.真菌症 |
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B.原虫症 |
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C.細菌感染症 |
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D.ウイルス感染症 |
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E.腫瘍 |
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F.その他 |
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