抗HIV治療ガイドライン(2024年3月発行)

V初回治療に用いる抗HIV薬の選び方

2.初回治療として選択すべき薬剤の組み合わせ

(1)推奨薬

 現時点の初回治療として推奨されるARTは「NRTI 2剤+INSTI 1剤」、「NRTI 1剤(3TC)+INSTI 1剤(DTG)の2剤療法」、「NRTI 2剤+rtv(cobi)を併用したPI 1剤」、「NRTI 2剤+NNRTI 1剤」のいずれかとなる。表V-2に本ガイドラインが提唱する初回治療として選択すべき抗HIV薬の組み合わせを示す。「大部分のHIV感染者に推奨される組み合わせ」と「状況によって推奨される組み合わせ」に分けて記載した。後者は、臨床試験でのエビデンスはあるものの海外を含め実臨床での実績の少ないもの、および効果や薬物相互作用の点から「大部分のHIV感染者に推奨される組み合わせ」と比較した場合やや劣るものである。しかし併存疾患、副作用、薬物相互作用、アドヒアランスの予測、患者のライフスタイル・希望などの何らかの理由で、「大部分のHIV感染者に推奨される組み合わせ」が使用できない(または使用が好ましくない)状況では治療の個別化が重要であり、安心して投与して良い。推奨の根拠となる各臨床試験の要約は「HIV感染症および血友病におけるチーム医療の構築と医療水準の向上を目指した研究」班のホームページ(https://osaka-hiv.jp/index.htm)の「推奨処方のエビデンスとなる臨床試験」で見ることができる。初回治療において大部分のHIV感染者に推奨される組み合わせのイメージを表V-3に示す。うち、1日1回1錠の合剤(STR)が3処方であり全てが1日1回で食事の制限のない組み合わせである。

表V-2 初回治療として選択すべき抗HIV薬の組み合わせ
大部分のHIV感染者に推奨される組み合わせ
INSTI
BIC/TAF/FTC (AI)
DTG/ABC*1/3TC*2 (AI)
DTG + TAF/FTC (HT) (AI)
DTG/3TC*3 (AI)
状況によって推奨される組み合わせ
INSTI
RAL*4 + TAF/FTC (HT) (BII)
PI
DRV/cobi/TAF/FTC (BI)
NNRTI
DOR + TAF/FTC (HT) (BIII)
RPV*5/TAF/FTC (BI)
表V-3 初回治療において大部分のHIV感染者に推奨される組み合わせのイメージ
組み合わせ 服薬回数 服薬のタイミング 1日の錠剤数 1日に内服する錠剤
BIC/TAF/FTC 1 制限なし 1 GSIと書かれた褐色の錠剤
DTG/ABC/3TC 1 制限なし 1 572 Triと書かれた薄いピンク色の錠剤
DTG + TAF/FTC 1 制限なし 2
SV572と書かれた黄色の錠剤 GSIと書かれた青色の錠剤
(HT)
DTG/3TC 1 制限なし 1 SV137と書かれた白色の錠剤
INSTI(インテグラーゼ阻害剤)

 推奨されるINSTIはRAL、DTG、BICである。

 RAL(ラルテグラビル、アイセントレス®)は最初に開発されたINSTIであり、CYP3A4による代謝を受けず薬物相互作用がINSTIの中で最も少ないことが大きな特徴であり、食事と関係なく内服できる。EFV群との5年間の比較試験の結果、EFV群よりも有意に優れたウイルス抑制効果を示した6)。またRAL群、ATV(販売中止)+rtv群、DRV+rtv群の96週の無作為化比較試験(ACTG A5257試験)7)では、ウイルス抑制効果と忍容性の複合解析においてPI群より有意に優れていた。1日1回内服(QD)でよい600mg錠は2018年5月に承認された。海外での未治療患者に対する比較臨床試験(ONCEMRK試験)では、1200mg(600mg×2)1日1回投与のウイルス学的有効性は400mg1日2回投与に対して劣らなかった8)。48週時点でのHIV RNA 40コピー/mL未満の達成率は、1200mg1日1回投与群が88.9%、400mg1日2回投与群が88.3%であった。薬剤に関連する有害事象の総数は両群とも同等で、有害事象の内訳も同様であった。その後に発表された96週の結果でも、48週の結果と同様の結論であった9)。比較的耐性変異が生じやすく(耐性バリアが低く)またSTR(single tablet regimen: 1日1回1錠の合剤)がなく錠剤数が多くなることなどよりRAL+TAF/FTCを「状況によって推奨される組み合わせ」(BII)とした。併用薬の薬物相互作用がある場合にはよい選択肢である。

 DTG(ドルテグラビル、テビケイ錠50mg)は、2014年3月末に日本で承認された。2NRTIs+RAL群との無作為化比較試験(Phase III)ではRAL群に対する非劣性が示され10)、TDF/FTC/EFV群および2NRTIs+DRV+rtv群との無作為化比較試験(Phase III)においては、それぞれの群に対する優越性が示されている11, 12)。主にUGT1A1の基質であり、CYP3A4でもわずかに代謝される。食事とは関係なく服用可能である。耐性変異は生じにくい(耐性バリアは高い)。未治療患者およびインテグラーゼ阻害剤以外の治療経験のある患者に対しては50mgを1日1回投与であるが、インテグラーゼ阻害剤に対する耐性を有する患者には、50mgを1日2回投与する点に注意が必要である。2015年3月には、合剤であるDTG/ABC/3TC(トリーメク配合錠)が承認された。

 DTG/3TC(ドウベイト配合錠)は日本では2020年1月に承認された。未治療患者におけるDTG+TDF/FTCとの比較試験において48週時点での50コピー/mL未満の割合はDTG/3TC群で91%、DTG+TDF/FTC群で93%であり、ウイルス学的有効性はDTG+TDF/FTC群に対して劣らなかった。腎および骨への有害事象はDTG/3TC群の方が少なかった13)。96週14)および144週15)時点でも血中HIV RNA量50コピー/mL未満達成率はDTG/3TC群はDTG+TDF/FTC群に対し非劣性が証明された。また、48週データのアドヒアランス別サブ解析が行われ、DTG/3TC群かDTG+TDF/FTC群かにかかわらず、アドヒアランス90%未満の群では50コピー/mL未満達成率が低く、アドヒアランス90%以上の群では50コピー/mL未満達成率がSnapshot解析でDTG+3TC群 93%、DTG+TDF/FTC群 96%と同程度であり、内服率がDTG+3TC群およびDTG+TDF/FTC群の参加者のウイルス学的成功に与える影響は同程度で治療成功率に差がないことが示された16)。この試験ではHIV RNA量 50万コピー/mL以上・関連する薬剤耐性変異あり・HBV感染合併を除外している。そのためDHHS3)では「HIV RNA量 50万コピー/mL未満・HBV共感染なし・治療開始前に逆転写酵素阻害剤の耐性検査結果やHBV関連検査結果が得られている場合」にのみ限定した推奨(AI)となっている。EACS4)においても「HBs抗原陰性・HIV RNA量 50万コピー/mL未満」の場合に限定した推奨となっている。なお、初回治療としてDTG/3TCとDTG+TAF/FTCとの比較試験は行われていない。海外において実臨床での報告17-19)が増えてきている。「大部分のHIV感染者に推奨される組み合わせ」(AI)とし、B型肝炎の合併がなく、血中HIV RNA量が50万コピー/mL未満、薬剤耐性検査でDTGと3TCに耐性のない患者にのみ推奨とした。DTG/3TCを用いた診断後即治療のパイロット試験の19例20, 21)および実臨床の22例22)において血中HIV RNA量が50万コピー/mL以上の症例において良好なウイルス学的抑制を得たことが報告されているが、DHHSもEACSもDTG/3TCの適応となるHIV RNA量は50万コピー/mL未満である。治療変更の場合において臨床家はDTG/3TCをアドヒアランス不良の背景のある患者には選択しにくいことが報告されており23)、直接のエビデンスはないものの初回治療においても、治療開始前の受診中断例や依存症を合併した患者などアドヒアランス不良が予測される場合には積極的には推奨しない。

 BIC(ビクテグラビル)はBIC/TAF/FTCの合剤(ビクタルビ®配合錠)として2019年3月に日本で承認された。未治療患者に対して二つの大規模な無作為化比較試験(Phase III)の結果が発表されている。DTG+TAF/FTC群との比較試験(GS-US-380-1490)において、48週時点での50コピー/mL未満達成率はBIC群で89%、DTG群で93%であり、ウイルス学的有効性はDTG群に対して劣らなかった(P=0.12)24)DTG/ABC/3TC群との比較試験(GS-US-380-1489)でも非劣性が示され25)、48週時点での50コピー/mL未満達成率はBIC/TAF/FTC群で92.4%、DTG/ABC/3TC群で93%であった(P=0.78)。有害事象の頻度と重症度は、いずれの試験においても対象群と同様であった。1489試験と1490試験の144週までのウイルス学的有効性はDTG群に対して非劣性が示され、胃腸系有害事象はBIC群の方が少なかった26-28)144週以降、オープンラベルに移行した5年間(240週)の評価では、ウイルス学的達成率は高く、薬剤耐性変異の出現は全く認められなかった。有害事象による中止はまれで、予測どおりのeGFRの変化であり、総コレステロール/LDL比と骨密度への影響はわずかであった29)。また、50歳以上のHIV陽性日本人男性10例におけるBICの薬物動態の検討がされており、全てのPKパラメーターはHIV陰性若年日本人における既知のデータと類似していてBICの薬物動態は年齢の影響を受けなかった30)BIC/TAF/FTC合剤は食事と関係なく服用可能である。耐性変異は生じにくい(耐性バリアは高い)。

 INSTIを含む初回治療ではNNRTIやPIを含むレジメンよりも体重増加が大きいと報告されている31-33)。詳細は第IX章を参照。

PI(プロテアーゼ阻害剤)

 推奨されるPIはDRVである。CYP3A4阻害薬と併用して血中濃度を上昇させる方法(boosted PI)が推奨される。初回治療患者に対するウイルス抑制効果は、LPV/rtv群との無作為化比較試験の結果、LPV/rtv群に対する非劣性が報告されている(ARTEMIS試験34)。1日1回の内服(QD)で良いが、食中・食直後の内服が必要である。ただし、抗HIV薬の治療歴があり少なくとも1つのDRV耐性関連変異がある感染者には、600mg錠を1日2回投与する。DRVの血中濃度を上昇させる方法(boosted PI)としてはrtv 100mg錠との併用に加えて、2016年11月にCYP3A阻害作用を持つcobi 150mgを含む合剤(プレジコビックス®配合錠)が承認された。約300人を対象としたsingle-armの試験結果が報告されている35)。併用NRTIの96%がTDF/FTC、対象患者の94%が初回治療という状況下で、48週時点でのHIV RNA量 50コピー/mL未満達成率は81%であった。最も多い有害事象は下痢(27%)、次いで嘔気(23%)であった。DRV+rtvからDRV/cobiに変更した場合に中性脂肪が有意に低下したという報告がある36)。2019年6月にはDRV/cobi/TAF/FTCの合剤(シムツーザ®配合錠)が承認された。未治療患者に対する比較臨床試験では、DRV/cobi/TAF/FTCのウイルス学的有効性はDRV/cobi配合剤とTDF/FTC配合剤との併用に対して劣らなかった37)。主要評価項目である48週時点でのHIV RNA 50コピー/mL未満の達成率は、DRV/cobi/TAF/FTC投与群が91.4%、DRV/cobi配合剤とTDF/FTC配合剤との併用群で88.4%でDRV/cobi/TAF/FTCは非劣性であり、腎および骨への安全性は上回っていた。ブーストしたPIとTDF/FTC配合剤の併用投与によりウイルス学的抑制が得られている既治療患者を対象に治療継続と本剤に割り付けた比較臨床試験では、主要評価項目を48週までのウイルス学的リバウンド(HIV RNA 50コピー/mL以上)の割合とし、DRV/cobi/TAF/FTC群で2.5%、治療継続群で2.1%でDRV/cobi/TAF/FTCは非劣性であった38)。DRVは耐性変異が最も生じにくい(耐性バリアが最も高い)ことが大きな特徴であるが、CYP3Aの阻害薬であるrtvやcobiの併用が必要であるため薬物相互作用に注意が必要であること、食中・食直後の内服が必要であることなどから当ガイドラインでは、DRV/cobi/TAF/FTCを「状況によって推奨される組み合わせ」(BI)とした。アドヒアランス不良と予測される場合にはよい選択肢である。

NNRTI(非核酸系逆転写酵素阻害剤)

 推奨されるNNRTIはRPV、DORである。1日1回1錠のRPV/TAF/FTC(オデフシィ®配合錠2018年8月承認)が使用できる。未治療患者に対するEFVとの無作為化比較試験においてEFVに対する非劣性が示され39, 40)、ふらつきなどの中枢神経系の副作用は有意にRPV群の方が少なかった。食中・食直後の内服が必要である。前述の比較試験では治療前のウイルス量が10万コピー/mLを超える症例ではウイルス学的失敗率が高いことが報告されている。プロトンポンプ阻害剤(PPI)との併用は禁忌である。また、QT延長を来す可能性が示唆され、その恐れのある薬剤と併用する場合には注意を払わねばならない。また、RPVは半減期が長いためアドヒアランス不良の患者においては耐性ウイルスが誘導されるリスクが高いことに注意が必要である。

 2020年1月に承認されたDOR(ドラビリン、ピフェルトロ®)は既存のNNRTIに対する耐性をもつ場合にも有効で薬物相互作用や中枢神経系への副作用が少ないという特徴を持つ。未治療患者に対するDRV+rtvとの無作為化比較試験において48週時点での50コピー/mL未満の割合はDOR群84%、DRV+rtv群80%であり、DORのDRV+rtvに対する非劣性が示された41)。96週時点での50コピー/mL未満の割合はDOR群73%、DRV+rtv群66%とDOR群の方が高い割合であった42)。また、未治療患者に対するEFVとの無作為化比較試験において48週時点での50コピー/mL未満の割合はDOR群84%、EFV群81%であり、DORのEFVに対する非劣性が示された43)。96週時点でも非劣性であった44)これら2試験の96週以降オープンラベルに移行した192週までの評価において、効果と安全性が維持され、脂質や体重など代謝系プロファイルが優れていた45)INSTIとの比較試験はまだ結果が報告されていないため、DOR+TAF/FTCを「状況によって推奨される組み合わせ」(BIII)とした。

NRTI(核酸系逆転写酵素阻害剤)

 キードラッグと併用するNRTIはTAF/FTC(デシコビ®配合錠)、ABC/3TC(エプジコム配合錠、ラバミコム®配合錠)を推奨する。ABC/3TC、TAF/FTC、TDF/FTC(ツルバダ®配合錠)それぞれの特徴について表V-4に示す。選択を左右する最も重要な要素はHBV共感染の有無である。詳細は第XII章を参照。

表V-4 NRTIの合剤の比較
ABC/3TC TAF/FTC TDF/FTC
抗HBV効果を有するのは3TCのみ TAF、FTCどちらも抗HBV効果を有する TDF、FTCどちらも抗HBV効果を有する
虚血性心疾患が増加する可能性 腎障害、尿細管障害(TDFよりまれ)
骨密度低下(TDFよりまれ、ABCと同程度)
TDF/FTC使用時と比較してLDL-C上昇がみられる場合あり(臨床的意義は不明)
体重増加の可能性
腎障害、尿細管障害
骨密度低下(特に低体重で)
10万コピー/mL以上で抗ウイルス効果が劣る可能性
ABCによる過敏症の可能性(特にHLA B*5701保有者)
RFP・RBTと併用は推奨されない  
Ccr<30mL/minでは推奨しない Ccr<30mL/minでは推奨しない Ccr 30-49mL/minでは48時間ごと
Ccr<30mL/minでは推奨しない

 TDF/FTCは尿細管障害などの腎機能障害が生じることがある46, 47)。TDF投与と腎機能障害に関する報告では、GallantらがTDF投与群と他のNRTI服用群を24ヵ月まで比較し、GFRの減少には有意差がなかった48)。一方で、別のほぼ同期間の観察においては、TDF投与群の方が有意にGFRが低下したと報告されている49)。日本人63人を対象とした報告では、96週の観察でTDF投与群ではGFRが17mL/min/1.73m2減少し、他のNRTI使用群との差は有意であった50)。また、日本人のTDF使用では特に低体重の者で腎障害が見られやすい51)。もともと腎機能障害を有する患者、腎機能障害をもたらす薬剤を併用しなければならない患者、腎機能障害を生じうる合併疾患を有する場合には、TDFの投与に関して十分な注意が必要である。骨への影響に関しては、TDF/FTCとABC/3TCを比較した2つの試験においてTDF/FTC群ではABC/3TC群と比較して有意に骨密度の低下がみられた52, 53)

 TAF(tenofovir alafenamide)は、TDFのこれらの副作用を軽減する。EVG/cobi/TDF/FTC(スタリビルド®配合錠)(販売中止)とEVG/cobi/TAF/FTC(ゲンボイヤ®配合錠)との比較試験では54, 55)、骨密度やeGFRの低下はTAF使用群の方が軽微であった。TAF/FTC合剤の日本人に対する使用実績が蓄積し効果や安全性が確立したため、本ガイドラインではTDF/FTCを推奨薬剤表からは削除している。なお、TAF/FTC合剤はTAFの含有量によって2製剤があり、cobiまたはrtvと併用する際にはTAF含有量の少ないLT製剤(10mg)を用い、それ以外ではHT製剤(25mg)を使用する。TDF/FTCからTAF/FTCへの変更後に、LDL-Cなどの脂質マーカーが上昇する場合があり、テノホビルの持つ脂質低下作用の関与が示唆されているが、総コレステロール/HDL-C比に変化はなく、臨床的意義は明らかではない56)

TAFが使用できない状況でTDFが使用できるのは

  • TAFで消化器症状などの副作用が出現する場合
  • 薬物相互作用:リファマイシン系抗菌薬(DHHSの日和見感染症ガイドライン57)ではリファンピシン:RFPとの併用は「注意深い使用」、リファブチン:RBTとの併用は、「推奨できない」と記載されている)、フェニトイン、ホスフェニトイン、フェノバルビタール、カルバマゼピン
  • 透析症例(海外ではTAFの投与は可)

 また、TAFを用いたレジメンではTDFを用いたレジメンよりも体重増加が大きいという報告がある31, 58)。詳細は第IX章を参照。

 DHHSやEACSなど海外のガイドラインでは、ABCが推奨薬から外れていた時期があり、その主な理由は以下の3つである。(1)TDF/FTCと比較して抗ウイルス効果が劣る可能性(特に治療前のウイルス量が10万コピー/mL以上の場合)、(2)虚血性心疾患が増加する可能性、(3)重篤な過敏症が生じうる可能性、である。

 ABC/3TC群とTDF/FTC群を比較したACTG 5202試験では、治療前のウイルス量10万コピー/mL以上の患者ではABC/3TC群の方がTDF/FTC群よりもウイルス学的治療失敗に至るまでの期間が有意に短いことが報告された59)。同試験において治療前のウイルス量10万コピー/mL未満の患者では、ウイルス学的治療失敗に至るまでの期間は同等であった60)。別の報告(HEAT試験)では、治療前のウイルス量10万コピー/mL以上と未満の患者群間で96週時点でのウイルス量50コピー/mL未満達成率に有意差はなかった61)。しかし、別な報告(ASSERT試験)によると62)、48週時点でウイルス量が50コピー/mL未満達成率はABC/3TC群では59%であったのに対し、TDF/FTC群では71%であった。これらの結果の解釈にあたっては、各試験の主要評価項目が異なること、併用薬が異なること(ACTG 5202試験ではEFVまたはATV+rtv、HEAT試験ではLPV/rtv、ASSERT試験ではEFV)、などを勘案する必要がある。日本からは、ウイルス量10万コピー/mL以上の患者80名を対象としてTDF/FTC+DRV+rtv群とABC/3TC+DRV+rtv群とを比較した48週までの観察研究があり、ウイルス学的失敗までの期間には差がなかったことが示されている63)

 ABCの使用により虚血性心疾患が増加する可能性については、2008年に発表されたD:A:D試験で心筋梗塞との関連が指摘され64)、より長期にわたる解析でも増加することが報告された65)ACTG 5202試験やHEAT試験では、TDF/FTCとの比較において明らかな虚血性心疾患の増加は指摘されておらず、FDA(The US Food and Drug Administration)が行ったメタ解析の結果においても心筋梗塞とABCの使用との間には有意な相関はみられていない66)。しかし、現代のARTにおいて直近6ヵ月以内のABCの使用は心血管疾患リスクを40%増加させることが29,340例のRESPONDコホートの解析にて報告された67)

 欧米ではABC内服患者の数%にHLA B*5701との間に強い相関関係がある過敏症がみられるため、米国DHHSガイドラインにおいては、ABC/3TC合剤の使用に当たってはあらかじめ患者のHLAを調べ、HLA B*5701陽性者にはこれを使用しないことを推奨している。HLA B*5701のアレル頻度は欧米において2〜8%と高いが、東アジアでは1%以下(日本人は0.1%68))と頻度が低く、日本人を含む東アジア人では過去に報告されたABC過敏症は全てHLA B*5701陰性と報告されており69-71)、あらかじめHLA B*5701の有無を調べておいてもABC過敏症の頻度を減らすことは困難と推測される。以上の事実から、本ガイドラインでは、日本人の場合はABC過敏症の危険が低いと判断する。外国人患者の場合にはHLA B*5701の有無の結果に基づいて薬剤を選択する(第IX章参照)。

(2)代替薬

 以前に「初回治療として選択すべき組み合わせ」であったDRV/cobi+ABC/3TC、RAL+ABC/3TCは、2018年3月版以降のガイドラインでは選択すべき薬剤の組み合わせに入れていない。十分な臨床データの蓄積がないことなどがその理由である。しかし、TAF/FTCとTDF/FTCのどちらも使用できない状況では考慮する組み合わせとなる。TAF/FTCはTDF/FTCと比較して抗ウイルス効果は劣らず腎機能や骨密度に対する影響が少ないことが示されており54, 55)日本人に対する効果や安全性が確立したため、2020年3月より本ガイドラインではTDF/FTCを選択すべき薬剤の組み合わせに入れていない。また、EVG(エルビテグラビル)はTAF/FTCとの合剤EVG/cobi/TAF/FTC(ゲンボイヤ®配合錠)が使用可能であるが、CYP3Aの阻害薬であるcobiを含むため薬物相互作用に注意が必要であること、食中・食直後の内服が必要であること、比較的耐性変異が生じやすく(耐性バリアが低く)他のINSTIと交叉耐性があるため、2021年3月より選択すべき薬剤の組み合わせに入れていない。

 侵入阻害剤(CCR5阻害剤)のマラビロクは、2011年8月に日本国内でも初回治療薬として使用可能となった。MERIT study72)(併用薬はAZT/3TC)では、EFV群に対して非劣性が証明されている。患者がCCR5指向性ウイルスを有する場合にのみ有効であるため、使用時には指向性検査を行うことが必要である。初回治療に使用する意義は少ないと考えられる。

まとめ

 処方経験の少ない医師は、初回治療として表V-2の中の「大部分のHIV感染者に推奨される組み合わせ」のいずれかを処方するのがよい。表V-3は「大部分のHIV感染者に推奨される組み合わせ」を合剤の使用を前提としたイメージで示したものであり、処方選択の参考にしていただきたい。副作用に関して表V-6を、服薬率の維持に関して表V-7を参照の上、個々の患者に最適と思われるものを選択することになる。もし、表V-2以外の組み合わせを選択せざるを得ない場合でも、少なくとも表V-5に示す治療は行ってはならない。

表V-5 初回治療として行ってはならない抗HIV療法
推奨できない抗HIV治療
治療 理由
DTG/RPV 初回治療レジメンとしてのデータがない
他レジメンでウイルス学的抑制が得られた患者のみに対する適応
CAB+RPV持効性注射剤 初回治療レジメンとしてのデータがない
他レジメンでウイルス学的抑制が得られた患者のみに対する適応
単剤治療、NRTI 2剤または3剤による治療 抗ウイルス作用が劣る
処方の一部に含めるべきでない抗HIV薬の組み合わせ
治療 理由
NVP、ブーストなしのPI、LPV/rtv、MVC、LEN 抗ウイルス作用が劣る、初回治療レジメンとしてのデータ不十分またはデータがない、毒性の発現率が高い、指向性検査を要するなど
表V-6 主な抗HIV薬の副作用
抗HIV薬 比較的頻度の多い副作用
稀(または頻度不明)だが重篤な副作用
3TC 下痢、脂質異常、肝機能障害 乳酸アシドーシス
ABC 脂質異常、悪心、皮疹 過敏症、乳酸アシドーシス
AZT 嘔気、頭痛、食欲不振、骨髄抑制 乳酸アシドーシス
FTC 下痢、悪心、めまい 乳酸アシドーシス
TDF 悪心、下痢、頭痛、CPK上昇、脂質異常 乳酸アシドーシス、腎障害、骨粗鬆症
TAF/FTC 悪心、下痢、頭痛 乳酸アシドーシス
NVP 皮疹、嘔気、血圧上昇 肝障害
RPV 頭痛、悪心、不眠、めまい、皮疹 肝障害、QT延長
DOR 頭痛、悪心、下痢、めまい  
LPV/rtv 高脂血症、下痢、悪心  
DRV 下痢、悪心、頭痛、皮疹、脂質異常  
DRV/cobi 下痢、悪心、頭痛、皮疹、アミラーゼ上昇、脂質異常  
RAL   CPK上昇
EVG/cobi/TAF/FTC 悪心、下痢、頭痛  
DTG 悪心、下痢、頭痛 過敏症
BIC 悪心、下痢、頭痛  
MVC 悪心、頭痛  
LEN 嘔気  
表V-7 服薬率を保つための工夫
<服薬開始前~開始後1ヵ月>
  1. 無症候であっても早期に治療開始することの重要性、服薬率の重要性、通院・服薬中断のリスクを説明する
  2. 1日に内服する薬剤の実物を見せ、錠剤数・回数・食事制限を考慮して本人と一緒に薬剤を選択する
  3. 予測される副作用の種類、出現時期、経過を説明する
  4. 体調がおかしければいつでも電話で相談可能であることを教える
<服薬開始後1ヵ月以上してから>
  1. 受診ごとに何回飲み忘れ、あるいは時間のずれがどのぐらいあったかを聞く
    by 医師、看護師、薬剤師
  2. 副作用に関する問診
    QOLに影響するようなら他剤への変更を考える
  3. 飲み忘れる原因を分析し、工夫を考える
    • 外出時薬を持って行くのを忘れる
    • 飲酒して帰宅すると、内服するのを忘れて寝てしまう
    • 内服したかどうかわからなくなる
    • 休日昼まで寝ていて朝の薬が飲めない、など
  4. どうしても薬が手に入らない場合(震災など)には通常通りの内服後、一定期間中断した方が1日おきに内服して長持ちさせるよりも薬剤耐性ウイルスを誘導しにくいことを伝える

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