抗HIV治療ガイドライン(2024年3月発行)

VIII抗HIV薬の作用機序と薬物動態

3.抗HIV薬の代謝と薬物相互作用

 PIやNNRTIは、チトクロームP450(CYP)の基質であると同時にその活性を抑制(時に促進)する作用がある。従って、CYPで代謝される他の薬剤との相互作用が生じる(抗HIV薬同士の相互作用については前述)。そのため、PIおよびNNRTIと併用禁忌または注意とされる薬剤には、抗痙攣薬、抗不整脈薬、HMG-CoA還元酵素阻害剤、ワルファリンカリウム、ベンゾジアゼピン系薬など多くのものがある。リファマイシン系薬剤との併用に関しては第XI章 表XI-1を参照。

 抗HIV薬の相互作用の確認は、最新の添付文書とともに海外薬物相互作用データベース(HIV/HCV Medication Guide, University of Liverpool HIV Interactions など)の活用が有用である(表VIII-2)。

 また、抗HIV薬に関しては、血中濃度測定が可能なものは適宜測定して薬剤濃度が治療域にあることを確認することが望ましい(4.抗HIV薬のTDMを参照)。健康食品や漢方薬として市販されているものの中にも相互作用を有するものがあり(セイヨウオトギリソウSt. John's Wortが代表的)、注意を要する。

表VIII-2 HIV治療で有用な薬物相互作用情報

(1)核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI)

 本剤の代謝物あるいは未変化体は主に腎臓より排泄されるため、腎機能障害を有する患者や腎機能が低下している高齢者や糖尿病患者では、高い血中濃度が持続する可能性がある。表VIII-1-1に各薬剤の特徴と、成人の腎機能障害時に対する各NRTIの減量の標準的目安を示す。TAFは、カテプシンA、CYP3A、P糖蛋白(P-gp)の基質であるため、rtvやcobiを併用する際は低用量の製剤(デシコビ®LT)を選択する必要があり、同様にP-gpおよびCYP3Aを阻害または誘導する薬剤と併用する場合には、注意を払う必要がある。TAFとリファンピシン(RFP)やリファブチン(RBT)との併用では、これらのP-gp誘導作用により、TAFの血中濃度が低下する可能性があり、DHHSガイドラインでは併用を避けるとしている10)

(2)非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI)

 NNRTIはいずれもCYPにより代謝を受ける。NVPはCYP3A4を誘導する。RPV、DORはCYP3A4で代謝されるため、カルバマゼピン、フェノバルビタール、フェニトイン、RFPなどのCYP3A4の誘導剤との併用により血中濃度が著しく低下するため併用禁忌である。また、DORはRBTを併用投与する場合は、DOR100mgを約12時間の間隔を空けて1日2回に増量し、RBTの併用を中止した場合は、DOR100mgを1日1回に減量する(表VIII-1-2)。後述するPI等CYPによって代謝される薬剤と併用した場合、薬剤によっては組み合わせた相手の薬剤の血中濃度を低下もしくは上昇させる可能性があるため注意が必要である。RPV経口剤は胃内のpH上昇により吸収が低下するため、プロトンポンプインヒビターは併用禁忌である。また、H2受容体拮抗剤や制酸剤(乾燥水酸化アルミニウムゲル、沈降炭酸カルシウム等)の併用も血中濃度が低下するため、これらの薬剤と併用する際は服用時間を空けるなど投与間隔の調整が必要となる。

(3)プロテアーゼ阻害剤(PI)

 PIは主にCYPを阻害する働きを持ち、その主な対象となる分子種はCYP3A4である。PIの中で最も強くCYP3A4を阻害する働きを持つ薬剤はrtvである。LPVの半減期は5〜6時間と短いため、rtvの強力なCYP3A4阻害作用を利用し、長時間高い血中濃度を保つことで、1日1回投与を可能としている(boosted PI)。また、CYP3A4はイトラコナゾール、クラリスロマイシン、ニフェジピン、カルバマゼピン、ジアゼパムなど多くの薬剤の酸化的代謝に関与する酵素である。PIを使用した場合、同じ分子種で代謝される併用薬の血中濃度が上昇する可能性があるため注意を要する。rtvは現在国内で使用されている医薬品の中で、CYP3A4に対する阻害作用が最も強い薬剤と考えられることから、その相互作用には、特に注意を払う必要がある。また、PIは血漿蛋白結合率も高く、P-gpの基質にもなることから注意が必要である。PCX(プレジコビックス®)に含まれるcobiはCYP3A4を選択的に阻害する作用を有していることから、rtv同様、相互作用には注意を払う必要がある。

(4)インテグラーゼ阻害剤(INSTI)

 RALはCYPにより代謝を受ける可能性は低く(in vitro)、主にUDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)1A1により代謝を受ける(in vitro, in vivo11)。PIやNNRTIとは異なり薬物相互作用の問題は少ない。EVGは主にCYP3A4で代謝される12)。EVGの配合錠であるGEN(ゲンボイヤ®)に含まれるcobiはCYP3A4を選択的に阻害する作用を有していることから、rtv同様、相互作用には注意を払う必要がある。また、DTGは主にUGT1A1で代謝されるが、一部はCYP3A4を介し代謝される。DTGはCYP3A4及びUGT1A1を誘導する薬剤(NVP、抗てんかん薬など)と併用する場合は、DTGを50mg1日2回に増量する。BICはCYP3A4とUGT1Aの両者で代謝される8)。CABはUGT(UGT1A1:67%、UGT1A9:33%)で代謝される5)。RFPや抗てんかん薬(カルバマゼピン、フェニトイン、ホスフェニトイン、フェノバルビタール)はCYP、UGT、P-gpを誘導するため、BICおよびCABは併用禁忌である。

 INSTIはHIVウイルスDNAの宿主ゲノムへの酵素的挿入に必要なMg2+イオンをキレート化することにより、抗ウイルス活性を発揮する13)。そのため、INSTI経口剤は2価金属(Mg, Al, Fe, Ca, Zn)などの多価陽イオンを含む薬物、食品、またはサプリメントと相互作用を引き起こしてINSTIの吸収が低下する可能性がある。多価陽イオンとの併用は、INSTIの食後服用の確認や服用間隔を空けるなどの注意が必要である。

 トランスポーターへの影響としては、BIC、DTGは有機カチオントランスポーター2(OCT2)及びMultidrug and Toxin Extrusion 1(MATE1)阻害作用を有するが、CABは有機アニオントランスポーター(OAT1、OAT3)阻害作用を有するため、これらのトランスポーターを介した相互作用を考慮する必要がある。

(5)侵入阻害剤(CCR5阻害剤)

 MVCはCYP3A4及びP-gpの基質であり、in vitroでP-gpを阻害する(IC50:183M)。ヒトにおける試験及びヒト肝ミクロソームと発現酵素系ミクロソームにおけるin vitro試験から、MVCは主にCYPを介し、HIV-1に対する効果を持たない代謝物に変換されることが示されている。また、in vitro試験から、MVCの主な代謝酵素はCYP3A4であり、遺伝的多型を示すCYP2C9、CYP2D6、及びCYP2C19の代謝への寄与は小さいことが示されている。本剤はCYP3A4及びP-gpの基質であり、これらの酵素もしくはトランスポーターを阻害する薬剤及び誘導する薬剤の併用によりMVCの薬物動態が変化する可能性がある。CYP3A4又は、CYP3A4及びP-gpを阻害する薬剤のケトコナゾール、rtv、LPV/rtv及びDRVは、いずれもMVCのCmax及びAUCを増大させた。CYP3A4誘導薬剤のRFPはMVCのCmax及びAUCを低下させた。MVCをCYP3A阻害剤又はCYP3A誘導剤と併用する場合には、用量調整が必要である6)

(6)カプシド阻害剤(CAI)

 LENはCYP3A、P-gp及びUGT1A1の基質であり、主にCYP3A及びUGT1A1を介する酸化、N-脱アルキル化、水素化、アミド加水分解、グルクロン酸抱合、ヘキソース抱合、ペントース抱合及びグルタチオン抱合により代謝される。そのため、CYP3A、P-gp及びUGT1A1を誘導するRFPや抗てんかん薬などとの併用により、血漿中濃度が低下する可能性があるため併用禁忌である。誘導剤の中止後も誘導作用が持続するため、LENの投与開始前に少なくとも2週間(中等度の誘導剤)または4週間(強力な誘導剤)のwashoutが推奨される。一方で、LENはCYP3Aの中程度の阻害作用があるため、メチルエルゴメトリン、エルゴタミンと併用するとこれらの薬剤の代謝が阻害され、血漿中濃度が上昇する可能性があるため併用禁忌となっている。注射製剤は半減期が長いため、阻害効果は持続する可能性があり、LENの最終皮下投与後9ヶ月以内に開始されたCYP3A4の寄与率が高い基質や治療濃度範囲が狭い薬剤の曝露に影響を及ぼす可能性がある14)

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