抗HIV治療ガイドライン(2022年3月発行)

XIV急性HIV感染症とその治療

3.治療

 急性期の症状はまれに長期間持続したり重症化したりする場合もあるが、通常は2~4週間後に自然に軽快する7)。解熱鎮痛薬などを用いた対症療法が必要となる場合もあるが、ステロイドの有用性は証明されていない7)

 HIV感染症の急性期において、抗HIV療法を導入することによる長期的なウイルス学的、免疫学的、および、臨床的な有益性についての明確な結論は出ていない。しかしながら、急性期における早期治療開始によってセットポイントを下げることやHIV潜伏感染リザーバー量を減少させること、CD4細胞の回復を助けること、HIVの変異率を低下させることなどが示唆されており、また、極めてウイルス量が高い急性期に治療することによって他人へのウイルス伝播のリスクが低下するという観点から、急性期における治療開始が強く推奨されている(AI)2)。急性感染症状を軽減するというメリットもある。妊婦においては母子感染を予防するために、できるだけ速やかに抗HIV療法を開始することが推奨される(AI)2)。ただし、治療開始にあたっては患者自身がリスクとベネフィットを十分に理解した上で、良好なアドヒアランスが保てることが重要である。急性期に抗HIV療法を開始するリスクとしては、副作用や服薬自体によるQOLの低下、治療が失敗した場合に薬剤耐性ウイルスが出現して将来選択できる治療薬の選択肢を狭める可能性などが挙げられるが、近年における抗HIV薬の進化により、これらの懸念は以前よりは小さくなっている。なお、本邦において急性期に治療を開始した場合、免疫機能障害者申請の際に1~4級の等級基準を満たさなくなる可能性があることに注意が必要である。

 米国保健福祉省(DHHS)のガイドライン(2022年1月版)2)、IAS-USA(International Antiviral Society-USA)ガイドライン(2020年10月版)3)、British HIV Association(BHIVA)ガイドライン(2016年8月暫定版)4)および、European AIDS Clinical Society(EACS)ガイドライン(2021年10月版)5)など海外の主要なHIV治療ガイドラインでは、基本的にすべての急性期(感染後6ヶ月以内の早期)HIV感染症患者に対して治療を開始することが推奨されるようになっている(AI~BI)。さらに、START試験11)やTEMPRANO試験12)、HPTN052試験13)、PARTNER試験14)などの臨床試験の結果から、CD4数に関わらず早期に治療を開始した方が予後良好であることや、即座に治療を開始することによってパートナーへの感染リスクが減ることが明らかとなり、急性期においても早期治療の推奨度は高まりつつある。BHIVAガイドライン4)では、基本的には患者が治療に対する心構えが出来てから開始すべきであるとしながらも、神経障害合併例、エイズ発症例、CD4数<350/μL、および、12週間以内のHIV検査陰性の初期感染例については、できるだけ早く治療を開始することを強く推奨している。また、EACSガイドライン5)では、狭義の急性期(HIVp24抗原または血中HIV RNAが陽性でHIV抗体が陰性である時期)の症例、および初期感染例のすべてにおいて治療開始が推奨されている。なお、CD4数が保たれており、急性期で無症状の患者本人が治療開始を遅らせることを決めた場合には、慢性期と同様に定期的なフォローアップが必要である。

 本ガイドラインでは、上記の複数のガイドラインに準じて、急性期(感染後6ヶ月以内の早期)における治療開始を推奨する(AI)が、免疫機能障害者申請の認定基準という国内独自の事情を考慮すると狭義の急性期に治療を開始することは現実的に困難なことが多いという問題がある。

 抗HIV療法の開始を決定した場合には、血中HIV RNA量を検出限度以下にもっていくことが重要である(AIII)。抗HIV薬に対して耐性変異を有するウイルスが伝播される確率は欧米では数%~24.1%程度に及ぶと報告されている。日本国内の全国調査において新規未治療症例における薬剤耐性変異ウイルス保有症例は、2017年以前は10%前後で推移しており、2018年は4.9%まで低下したものの、2019年は6.6%、2020年は9.4%と、最近2年間は上昇傾向にあり2017年以前の割合と同レベルに戻っている15)。このように、未治療症例においても少なからず薬剤耐性変異ウイルス保有症例が認められることから、治療を開始する前に薬剤耐性検査をおこなうことが推奨される(AIII)2, 16)。急性期において抗HIV薬を選択する際、耐性検査の結果がすでに得られている場合は、慢性HIV感染症の治療で推奨されているものと同様の組み合わせで治療を開始する(AIII)2)近年のガイドラインでは、初回治療としてDTG/3TCの2剤併用療法も大部分のHIV感染者に推奨されているが2-3, 5)、急性感染期にDTG/3TCを使用した際の有効性/安全性に関する大規模な報告はない。DTG/3TCを使用できる条件は、血中HIV-RNA量が500,000コピー/mL未満、B型肝炎の合併がない場合、3TCとDTGに対する耐性がない場合とされているので、高HIV-RNA量のことが多い急性感染期での使用には注意を要する。少なくとも、薬剤耐性検査の結果が判明する前には使用すべきではない2-3)治療開始時に耐性検査の結果が得られない場合には、TDFあるいはTAFとFTCに、インテグラーゼ阻害剤のDTGまたはBICの組み合わせ(合剤も含む)2, 5)、もしくは、プロテアーゼ阻害剤のDRV(RTVもしくはCOBIでブースト)2, 5)が推奨される(AI~AIII)。DTG/ABC/3TCの合剤はHLA-B*5701保有者でのABCによる過敏症を考慮して米国DHHSガイドラインでは推奨から外されているが2)、日本人ではその懸念は少ないため選択薬としても良いと思われる。また、妊娠可能な女性に急性HIV感染症の治療を行う際には、治療開始前に妊娠の有無を確認すべきである(AIII)2)。ボツワナでの臨床試験において、妊娠時にDTGを服用していた女性から生まれた乳児に神経管欠損のリスクが高い(0.94%)という報告が2018年になされたが17)その後の大規模臨床比較試験ではその頻度ははるかに低いことが示された18-20)。多施設共同無作為化非盲検第III相試験(IMPAACT 2010/VESTED試験)においても妊婦に対するDTGの有効性が確認されており21)DHHSでは挙児希望のある場合を含んだすべての時期の妊婦にDTGを推奨している22)EACSでは、妊娠前または妊娠6週以前の妊婦に対してDTGを使用する際には検討が必要としている5)BICに関しては、妊娠初期に投与した際の安全性のデータが不足している22)。治療薬を決定する際には、副作用、薬の数、医療費などを考慮し、さらにウイルス抑制効果が不十分な場合、将来薬剤耐性ウイルスが出現する可能性があることなどを十分理解しておく必要がある。

 急性HIV感染症に対して抗HIV療法を開始した場合に、治療を中断できるかについて、これまで多くの臨床研究が行われてきた23-25)。しかしながら、すべての急性期患者に対する治療が推奨されるに到った現在、その意義はあまり大きくない。急性HIV感染症に対する大規模臨床試験の一つであるSPARTAC(Short Pulse Anti Retroviral Therapy at HIV Seroconversion)試験の成績によると、急性期に治療48週で中断した群でprimary endpointであるCD4数350/μL未満になるまでの期間が無治療群より65週間延長し、36週後の血中HIV RNA量が0.44 log10コピー/mL低かったこと、および、AIDS発症や死亡、重篤な有害事象については特に違いはみられなかったことなどが示されている26, 27)。急性期に一時的な抗HIV療法をおこなうことによってHIV感染症の進行を遅らせる可能性があることや、治療中断による不利益は少ないようであるが、現時点では急性期においても治療の中断は実施すべきではないと考えられる(AIII)。

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