抗HIV治療ガイドライン(2023年3月発行)

IX抗HIV薬の副作用

7.乳酸アシドーシス

 乳酸アシドーシスは時に致死的となる代謝障害で、NRTIがミトコンドリアのDNAポリメラーゼγ活性を阻害するために発症すると考えられる。図IX-3に示すように比較的強いミトコンドリア障害を起こすddC、ddI、d4T 86)が使用されていた時代でも乳酸アシドーシスは1000患者・年あたり1.3人程度とまれな合併症である。現在ではさらに発症率は低いと考えられるが、乳酸アシドーシスを誘発しうるリスク因子(HBV/HCV共感染、肝疾患、CD4数低値、妊娠、女性、肥満)がある場合や薬剤(メトホルミン・リバビリン等)との併用時には注意が必要である。

 表IX-2に、文献的に報告された90例の乳酸アシドーシスの臨床症状を示す 87)。これからわかるように、主な症状は悪心、嘔吐、腹痛などの非特異的なものが多く、軽〜中等度の肝機能障害を高率に認める。乳酸値が高度に上昇していれば(5mmol/L以上)直ちにARTを中止することも考慮する。ただし、乳酸値が5mmol/L未満でも乳酸アシドーシスの発症はあり得る。

 治療は、ARTの中断と対症療法である。thiamine、riboflavin、coenzyme Q10、vitamins C、L-carnitineなどの投与を行ったとする報告があるが、有効性は明確でない 88)。回復後にARTを再開する場合は、比較的ミトコンドリア障害が少ないNRTIとされるABC、TDF、TAF、3TC、FTCなどを選択し慎重に経過を観察するか、あるいはNRTIを含まない多剤併用療法を検討する。

図IX-3 NRTIのミトコンドリアに対する影響
縦軸がミトコンドリアDNA(%)で横軸がNRTI濃度(μM)のそれぞれddC、ddI、d4T、ZDV、3TC、ABC、TDFの折れ線グラフ。ddCのミトコンドリアDNAは、NRTI濃度が0.1μMのとき100%、0.3μMのとき約50%強、3μMと30μMと300μMのときはいずれも0%。ddIのミトコンドリアDNAは、NRTI濃度が0.1μMのとき100%、0.3μMのとき120%、3μMのとき80%強、30μMのとき約10%、300μMのとき0%。d4TのミトコンドリアDNAは、NRTI濃度が0.1μMのとき100%、0.3μMのとき80%強、3μMのとき80%弱、30μMのとき80%弱、300μMのとき約50%。ZDVのミトコンドリアDNAは、NRTI濃度が0.1μMのとき100%、0.3μMのとき80%強、3μMのとき約90%強、30μMのとき100%弱、300μMのとき100%強。3TCのミトコンドリアDNAは、NRTI濃度が0.1μMと0.3μMのとき100%、3μMのとき100%弱、30μMのとき100%弱、300μMのとき100%弱。ABCのミトコンドリアDNAは、NRTI濃度が0.1μMと0.3μMのとき100%、3μMのとき100%弱、30μMのとき120%弱、300μMのとき120%強。TDFのミトコンドリアDNAは、NRTI濃度が0.1μMのとき100%、0.3μMのとき100%弱、3μMのとき約90%、30μMのとき約90%強、300μMのとき100%。

In vitro において骨格筋細胞にNRTI 各薬剤を投与し、ミトコンドリアDNAに及ぼす影響を検討したもの。

(McComsey et al. J Acquir Immune Defic Syndr. 37:S30, 2004 より作成)。

表IX-2 乳酸アシドーシス患者90例の臨床所見
  中央値 範囲 正常値
乳酸(mmol/L) 10.5 2.4–168.5 0.7–1.2
pH 7.2 6.67–7.42 7.35–7.45
Bicarbonate (mmol/L) 8 1.2–26 24–29
Anion gap (mEq/L) 25.5 10.0–42.0 8.0–12.0
症状 人数(%)
吐き気 45 (53%)
嘔吐 44 (52%)
腹痛 38 (45%)
体重減少 19 (22%)
脱力感 19 (22%)
不眠 19 (22%)
食欲不振 16 (19%)
多呼吸 13 (15%)
下痢 8 ( 9%)
倦怠感 7 ( 8%)
腹部膨満感 5 ( 6%)
意識障害 2 ( 2%)
その他 8 ( 9%)
軽~中等度の肝障害 65% (UNL 1.5–10.7)

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