抗HIV治療ガイドライン(2023年3月発行)

XV小児、青少年期における抗HIV療法

4.抗HIV療法の開始時期

 小児においても、多剤併用治療は効果的であり、ウイルス増殖を抑制し免疫系の破壊を食い止めて、日和見感染や臓器障害のリスクを減少させられる12)

 治療の開始時期については、近年多くの臨床研究で、早期治療が免疫学的、成長、神経学的発達に有用であることが示されたため、年齢や診断時のCD4数に関わらず、HIV感染症と診断された小児は直ちにもしくは、診断から数日以内に治療を開始することを推奨する。ただし、正期産で生後2週未満の新生児や生後4週未満の早産児については、薬物動態的に適切な薬物用量の検討が困難なため、研究的治療となる13)。また、結核等の日和見感染症がある場合は、抗HIV療法の開始時期は専門家に相談し検討する。

 早期治療介入の必要の根拠として、生後3ヵ月までに抗HIV療法を開始した64例と待機した26例の比較では、開始群で運動および神経学的発達が優れていたとの報告がある14)。しかしながら、抗ウイルス薬には短期的あるいは長期的な副作用の問題があり、さらに小児に対する投与量や安全性に関する十分なデータがあるとはいえない。また、治療に当たってはアドヒアランスの維持が確保できることが絶対条件であり、治療薬に対して耐性のウイルスがひとたび出現すれば、将来の治療法の選択が制限されることも認識しておく必要がある。

 ヨーロッパと米国の8つのコホートと9つの臨床試験(HPPMCS)によるメタアナリシスが報告され15)、4,000人近い小児無治療患者の1年以内のAIDS発症リスクがまとめられている(表XV-3)。この報告によれば、2歳以上では、CD4パーセントが25%以上であれば1年以内のAIDS発症は10%未満にとどまり、死亡率も2%未満となっている。しかし、2歳未満の乳児のAIDS発症・死亡のリスクは、CD4パーセントが25%以上あってもかなり高い。また、すべての年齢層で、CD4パーセントが15〜20%以下となると、AIDS発症リスクが高まることが分かる。

 病期進行のリスクは1歳以下の乳児で明らかに高いことが分かっているものの、この年代の乳児の病期進行リスクを判断するための信頼性のある検査値がないのが現状である。CD4数が低く、血中HIV RNA量が高いほど、進行が速い傾向はあるものの、進行群と非進行群との間にはかなりの重なりが見られることから、これらの検査値から一概にリスクを判断することはできない。

表XV-3 無治療あるいはAZT単剤治療を受けた小児が1年以内にAIDSを発症するリスクの予測値
CD4 パーセント
年齢 5% 10% 15% 20% 25% 30% 40%
6ケ月 65 51 40 31 25 20 16
1歳 56 40 29 21 16 13 9.9
2歳 46 29 18 12 8.8 7.2 5.9
5歳 31 15 7.6 4.7 3.6 3.1 2.9
10歳 20 7.4 3.4 2.2 1.9 1.8 1.7
血中HIV RNA量(コピー/mL)
年齢 106 105 104
6ケ月 24 14 11
1歳 21 11 7.8
2歳 19 8.1 5.3
5歳 17 6.0 3.2
10歳 16 5.1 2.2

<1歳未満の乳児に対する抗HIV治療>

 全体にAIDS発症や死亡のリスクが高いことを考慮して、いずれのガイドライン1-3)も1歳未満の乳児に対しては、臨床症状や免疫学的ステージ、血中HIV RNA量にかかわらず、診断がなされたら直ちに(診断から数日以内に)治療を開始することを強く推奨するとしている。実際、生後3ヵ月未満の乳児では、CD4パーセントが25%以上あって無症候であっても、ARTを開始することで死亡率を4分の1に低下させられるとの報告がある16-18)

 1歳未満で治療を開始し、リスクの高い乳児期を乗り切ったあとに、戦略的な治療中断(STI)が可能かどうかに関しては、現時点ではデータが十分ではない18)。上述したメタアナリシス(表XV-3)のデータでは、1歳以降では病期の進行リスクが減少してくるように見えるが、これは乳児期を無治療でも乗り切れた患児についてのデータであり、このデータをもとに1歳以降にSTIを行った場合の予後を判断するわけにはいかず、現在は初期治療の中断は推奨していない。

<1歳以上の小児に対する抗HIV治療>

 CD4数が正常域にあって、かつHIV感染症による症状が無いか軽微であっても、より低年齢かつより高いCD4数でARTを開始する方が免疫回復と発育正常化に益するとの報告19, 20)や、1歳以上であっても上記のように早期抗HIV治療の開始が免疫回復、成長、神経学的発達等の正常化に有用であることが複数の研究で示されたことから、US-DHHS2022 1)とEACS Guidelines 2022 3)では臨床症状や免疫学的ステージ、血中HIV RNA量にかかわらず、診断後直ちに(数日以内に)治療を開始することを推奨している。

 小児に対する抗HIV療法開始後は、服薬が遵守されているかどうかに細心の注意を払う必要がある。幼小児の服薬は保護者に依存するので、処方内容をよく理解させるため、治療を決定するプロセスに保護者と患児をいっしょに参加させ、アドヒアランスの重要性をよく説明する。また、治療開始後も頻回に服薬状況を観察する必要がある。

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