抗HIV治療ガイドライン(2022年3月発行)

XVI医療従事者におけるHIVの曝露対策

要約

  • 医療機関ごとに独自の職業上曝露(針刺し・切創)対策マニュアルを作成して、その実施も含めて、すべての職員に周知徹底する必要がある。夜間・休日にHIV専門医が不在の状況でも対応できる体制を確立しておく事が望ましい。
  • 曝露事象が起こりHIV感染のリスクが考えられる場合は、曝露後に抗HIV薬の服薬(PEP: post-exposure prophylaxis)をすることが推奨される。服薬する場合には可及的速やかに、予防内服を開始する事が望ましい。
  • 予防内服をすべきかどうかについては最終的に曝露者が判断すべきである。予防内服開始にあたっては専門医によるカウンセリングと効果や副作用に関する十分な情報提供が必要であるが、それによって不必要に(例:2時間以上)予防内服開始が遅れないよう留意すべきである。状況により1回目の内服を曝露者の判断で決定して良い。
  • 標準的な曝露後予防として推奨される薬剤はRAL(アイセントレス®)+TAF/FTC (デシコビ®)HT or TDF/FTC(ツルバダ®)である。TAF/FTC(デシコビ®)は妊娠14週以降の妊婦における安全性がすでに確立しており、妊娠・出産への影響はTDF/FTC(ツルバダ®)よりも少ない点から、本ガイドラインではTAF/FTC(デシコビ®)を優先的に使用する事を推奨する。曝露後予防の期間は28日間である。
  • 薬剤耐性HIVによる曝露後予防は専門医による事例ごとの個別の判断が必要である。ただし、ただちに(例:2時間以内)専門医のアドバイスが得られない場合には、上記の標準レジメンを開始する。
  • 曝露源のHIVスクリーニング検査が後に偽陽性と判明することもある。その場合には、偽陽性と判明した時点で曝露後予防を中止する。
  • 血液検査(感染症関連検査、薬剤の副作用評価)等の評価を事象発生時、予防内服開始後2週目(optional)、曝露後6週目、12週目、6ヶ月目に行う。現在検査方法で頻用されている第4世代HIV抗原抗体検査を使用する場合は6ヶ月目を4ヶ月目まで短くすることも可能である。
  • HIV専門医療機関は曝露後予防に関連して近隣の医療機関と事前に連携する必要がある。
  • 患者予後の長期化・高齢化によりHIV患者の全医療部門での診療・入院が日常化している。HIV診療に従事する医療従事者には、他部門医療従事者に対して「血液・体液曝露時の現実的な対応」を確認・指導することが求められている。

1.職業上曝露によるHIV感染のリスク

 医療者におけるHIV感染血液による針刺し・切創などの職業上曝露からHIVの感染が成立するリスクは、経皮的曝露では約0.3%(95%信頼区間= 0.2%~0.5%)1)、経粘膜曝露では約0.09%(95%信頼区間= 0.006%~0.5%)2)と報告されている。この感染率は、B型肝炎ウイルス(曝露源がHBe抗原陽性の場合で約40%、抗HBe抗体陽性の場合は約10%)やC型肝炎ウイルス(約2%)に比べると低い。

 強力な抗HIV療法の経験の蓄積により、HIV感染者の血中HIV RNA量が他者への感染性の重要なマーカーになり得ることが複数の報告で示されている。血中HIV RNA量が高い場合にはHIV伝播のリスクは高まり、血中HIV RNA量が低い場合にはHIV伝播のリスクは低いと考えられている。HIVに関する母子感染のデータでは母親の血中HIV RNA量が500コピー/mL未満では母子感染が成立しなかったとの報告もある3)。米国周産期DHHSガイドラインにおいては、母親がARTを受けていて血中HIV RNA量が1,000コピー/mL未満の場合には、出産時のAZT(レトロビル®)追加点滴は不要であるとしている4)。HPTN052試験では、抗HIV療法を長期に継続し血中HIV RNA量が検出感度未満に維持されている患者からは性行為による伝播のリスクは非常に低いことが報告されている5)

 抗HIV薬を内服中であり、血中HIV RNA量が連続して50コピー/mL未満である患者から曝露した場合には、多くの専門家は感染の可能性は限りなく少ないと考えている。しかし複数の報告において血中HIV RNA量が検出感度未満になった状態でも、細胞内にウイルス(インテグレートされたHIV DNA)が存在することが報告されている。そのため米国・疾病管理予防センター(米国CDC: Centers for Disease Control and Prevention)のガイドラインは、可能性がゼロではないことより、「由来患者の血中HIV RNA量が検出感度未満に維持されている場合でも、曝露後予防を推奨する」こととしている6)。それに対して英国の職業上HIV曝露後予防のガイドライン(2008年版の一部を2013年に改訂)では「If the patient (source) is known to have undetectable HIV viral load (<200 copies HIV RNA/ml), PEP is not recommended」と書かれ、「由来患者の血中HIV RNA量が200コピー/mL未満では抗HIV薬の内服は推奨しない」との立場を2013年に表明し、2022年1月時点で取り下げられてはいない7)ただし「曝露者が希望する場合には予防内服を行うべきである(PEP should be offered)」という追記もなされている。

 しかしながら、由来患者のウイルス量については、現実的には不確定要素が存在する。実臨床においては、継続的に検出限界未満であった患者が、一時的にウイルス量が検出(blip)されたり、服薬アドヒアランスの低下によりウイルス量のリバウンドを起こす患者が決して稀ではない。したがって、直近(3か月以内)のウイルス量により予防内服の適応の判断を行う事は一定のリスクを伴っている。このリスクについては英国のガイドラインは一切考慮がなされていない。

 加えて重要な点は、「曝露後予防とはそもそも約0.3%程度しかない低い感染リスクを、限りなくゼロに近づけるために行われているものである」という本質であろう。その本質を考えれば、由来患者のウイルス量の多寡によって曝露後予防の適応を判断する事は、決して合理的とは言えないと考えられる。

 以上より、本ガイドラインでは米国CDCガイドラインの基準に従い、「由来患者の血中HIVRNA量が検出感度未満に維持されている場合でも曝露後予防を推奨する」ものとする。

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