VII治療失敗時の薬剤変更
要約
- 抗HIV療法の効果が十分かどうかを判断する際に最も重要な指標は血中HIV RNA量である。
- ART開始後に血中HIV RNA量が十分に低下しない場合や再上昇する場合には治療失敗である可能性がある。ただし、間欠的な低レベル(20~1,000コピー/mL)の増加(Blip)が観察される場合に、それが治療失敗であるか否かについては結論がでていない。
- 血中HIV RNA量のコントロールが不十分な場合(十分に低下しない場合や再上昇する場合)は、薬剤耐性検査を実施する(AII)。同時に、服薬状況を丁寧に問診し正確に把握することが重要である。
- 薬剤耐性検査の結果が薬剤耐性変異による治療失敗と判断される症例では、薬剤耐性検査の結果をもとに治療変更(Salvage治療)を考慮する(AI)。その際には、服薬の実態の把握が重要である。服薬が適切でなかった症例では、その原因を明らかにし、変更薬剤の選択でも考慮に入れる。
- 薬剤耐性症例に対する治療変更に際しては、感受性が保たれた抗HIV薬を少なくとも2剤、できれば3剤併用し、このうち1剤は耐性バリアの高い薬剤とすることが望ましい。
- 多剤耐性症例に対してSalvage治療を導入する場合は、専門医療機関に相談することが望ましい。
1.「治療失敗」の定義
抗HIV療法の効果が不十分かどうかは、ウイルス学的指標(血中HIV RNA量)と免疫学的指標(CD4陽性Tリンパ球数)に基づいて判断する1)。特に重要なのはウイルス学的指標すなわち血中HIV RNA量であり、この値の低下が十分に認められない場合や再上昇する場合には、血中HIV RNA量の変化を2~3回確かめた上で治療薬の変更を考慮する(再上昇の程度によっては1か月後など間隔を狭めての再検査も検討する)。
ARTの治療目標は、一般的には血中HIV RNA量を測定感度(現時点の商業ベースの血中HIV RNA量では20コピー/mL)未満に維持することとされてきた。しかし、図VII-1に示すように、実際のART施行例では毎回の検査において常に測定感度未満を維持する症例ばかりとは限らず、間欠的な低レベルの血中HIV RNA量の増加が少なからず見られる。このような測定感度以上で1,000コピー/mL未満のHIV RNA量の増加は「Blip」と呼ばれている。Blipは血中HIV RNA量のさらなる増加や薬剤耐性変異の出現に結びつくとする報告2-5)と、関連がないとする報告6-8)が混在している。これらの報告を総括すると、明確な治療失敗に到る可能性は、Blipの頻度が多い場合か、500~1,000コピー/mLの比較的大きなBlipの場合に高くなる傾向が読み取れる。したがって、Blipの存在は必ずしも「治療失敗」を意味するわけでなく、20~500コピー/mLの比較的小さなBlipが時々みられる程度であれば、服薬率を確認しながら同じ治療の続行を選択して良いと考えられる(このレベルのHIV RNA量では、ウイルスの遺伝子増幅が困難なため薬剤耐性検査が行えないという検査技術上の現実的な問題もある)。しかし、500~1,000コピー/mLの大きなBlipは要注意であり、時に薬剤耐性検査を行い耐性変異の有無を確認する必要がある(図VII-2)。1,000コピー/mL以上の場合は治療失敗である可能性が高いので、早急に薬剤耐性検査を実施すべきである。薬剤耐性検査(遺伝子型)は保険収載されており外注検査として実施できるが、保険点数が6,000点(60,000円)と高額であること、また算定は3月に1回が限度であることに注意する。なお、2011年版以降のDHHSガイドラインではウイルス学的失敗(virologic failure)を「血中HIV RNA量が200コピー/mL未満を維持できない状態」と定義している9)。一方、耐性検査に関しては血中HIV RNA量が500コピー/mLを越えた場合に推奨しており、本ガイドラインもそれに準拠した(図VII-2)。
CD4陽性Tリンパ球数(以下、CD4数)は抗HIV療法の開始後、最初の1年間で平均約150/μL増加するとされるが、個人差が大きく高齢者ほど増加速度は緩やかである1)。患者によっては治療の早期にCD4数が増加するものの、その後の上昇が鈍化する場合もあるが、その場合、血中HIV RNA量が十分にコントロールされていれば同じ治療を継続して良い。
図VII-1 初回治療「成功」例の血中HIV RNA量の推移

図VII-2 血中HIV RNA量が検出感度以上の時の対応の目安
