抗HIV治療ガイドライン(2025年3月発行)

XI結核合併症例での抗HIV療法

3.HIV感染症合併結核の治療上の問題点

 HIV感染症合併結核の治療を行う上で注意すべき点としては、主に以下の3点が挙げられるが、両者の治療を並行して行う場合の薬剤の多さが患者の負担になる場合もある。

(1)薬剤の副作用が起こりやすい

 HIV感染症では薬剤の副作用が起こりやすく、細心の注意を払う必要がある。特に、抗結核薬では皮疹と肝障害の副作用が多い。抗結核薬と抗HIV薬を同時に内服する場合は両者の副作用を生じる可能性が高く、原因薬剤の同定が困難となるだけでなく、すべての治療を中断せざるを得ない状況に追い込まれることがある。

(2)リファマイシン系薬剤と抗HIV薬との間に薬剤相互作用がある

 リファマイシン系薬剤(リファンピシン(RFP)、リファブチン(RBT)、リファペンチン(本邦未承認薬))は肝臓においてチトクローム P450(CYP3A4)の誘導作用が強い。CYP3A4により代謝されるプロテアーゼ阻害剤(PI)や非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI)の血中濃度は、リファマイシン系薬剤と併用することにより著しく低下し、抗HIV作用は低下する。したがって、抗HIV薬とリファマイシン系薬剤との併用は注意が必要である。

 結核の治療中に抗HIV薬を開始する場合は、RFPよりもCYP3A4の誘導が弱いRBTを用いるほうが抗HIV薬の選択肢は多い。

 RFPをPIと併用するとPIの血中濃度は90%以上低下してしまうので、両者の併用は原則禁忌である。RBTをPIと併用した場合、リトナビルブーストPIではPIの血中濃度はほとんど影響を受けないが、RBTの血中濃度が上昇し、RBTの副作用(ぶどう膜炎、好中球減少、肝機能障害)が起こりやすくなる。そこでRBTを150mg/日に減量する(AI)8)。しかし、RBTの副作用については注意深い経過観察を行わなければならない。

 ラルテグラビル(RAL)は主にUDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)1A1によるグルクロン酸抱合によって代謝される。RFPは強力なUGT1A1誘導剤であり、併用するとRALの血中濃度が低下する可能性がある。RFPと併用する場合、RALを倍量すなわち800mg 1日2回投与にするとAUC、Cmaxは維持されるので併用禁忌とはならないが、トラフ値が低値となる可能性があることを知っておかなければならない(BI)。RBTとRALの併用は可能であり、RALは常用量でよい(BII)。同様にドルテグラビル(DTG)もRFPと併用の際には、50mg 1日2回投与に増量し(AI)、RBTとの併用時には常用量である50mg 1日1回投与である(AII)。RPFおよびRBTはエルビテグラビル(EVG)およびビクテグラビル(BIC)の血中濃度を低下させるので、併用しないほうがよい。添付文書上は両剤ともRFPは併用禁忌、RBTは併用注意となっている。

 テノホビルアラフェナミド(TAF)はP糖タンパク(P-gp)の基質であり、P-gpの誘導作用をもつ薬剤との併用により吸収が阻害されるので注意が必要である。TAFは米国保健福祉省(DHHS)ガイドラインではRFP、RBTとの併用を勧めていないが、B型肝炎治療薬としてのTAF(ベムリディ®錠)は添付文書上はRFPは併用禁忌、RBTは併用注意となっている。TAF/FTCは添付文書ではRFPもRBTも併用注意である。

 リファマイシン系薬剤と抗HIV薬の併用については、表XI-1にまとめたが、DHHSの推奨と添付文書のコメントに相違が見られるので注意が必要である。また、他の日和見感染症の治療薬もリファマイシン系薬剤との相互作用があるものが多いので、使用開始前には十分な検討が必要である。

表XI-1 抗HIV薬とリファマイシン系薬剤との併用
  抗HIV薬 リファブチン(RBT)との併用 リファンピシン(RFP)との併用
プロテアーゼ阻害剤(PI) DRV+rtv DHHSではRBT 150mg 1日1回、添付文書では併用注意(必要に応じてRBTの量を減量) DHHSでは不可、添付文書では併用注意(併用はなるべく避ける)
LPV/rtv DHHSではRBT 150mg 1日1回、添付文書では併用注意(RBTの副作用が発現しやすくなるおそれがある) DHHSでは不可、添付文書では併用注意(併用はなるべく避ける)
DRV/cobi DHHSでは不可、添付文書では併用注意(必要に応じて両者の量を調節) 不可
非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI) RPV 経口 RPV 50mg 1日1回 不可
筋注 不可 不可
DOR DOR 100mg 1日2回 不可
インテグラーゼ阻害剤(INSTI) RAL RALおよびRBTの投与量調整する必要なし RAL 800mg 1日2回, 添付文書では併用注意
RAL 1200mg(600mgx2) 1日1回はDHHSでは併用不可、添付文書では併用注意
EVG/cobi DHHSでは不可、
これを含む合剤の添付文書では併用注意
不可
DTG DTGおよびRBTの投与量調整する必要なし DTG 50mg 1日2回
BIC DHHSでは不可、BIC/TAF/FTCの添付文書では併用注意 不可
CAB 経口 CABおよびRBTの投与量調整する必要なし 不可
筋注 不可(RPV筋注は不可のため) 不可
侵入阻害剤(CCR5阻害剤) MVC 強力なCYP3A4 阻害薬と併用しないときは、MVC 300mg 1日2回、併用時は, MVC 150mg 1日2回 強力なCYP3A4 阻害薬と併用しないときは、MVC 600mg 1日2回
併用時は他の抗HIV薬か抗結核薬を検討
核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI) TAF DHHSではベネフィットがリスクを上回らなければ不可
TAF/FTCの添付文書では併用注意
DHHSではベネフィットがリスクを上回らなければ不可
TAF/FTCの添付文書では併用注意
カプシド阻害剤(CAI) LEN DHHSでは不可、添付文書では併用注意(推奨されない) 不可

(3)免疫再構築症候群(immune reconstitution inflammatory syndrome: IRIS)が起こることがある

 結核治療中に早期にARTを開始した場合、結核の一時的悪化をみることがある9)。症状・所見としては高熱、リンパ節腫脹、胸部X線所見の悪化(肺野病変および胸水の増悪)などが見られる。この反応は細胞性免疫能が回復し、生体側の反応が強くなったために引き起こされると考えられている。IRISはCD4陽性リンパ球数(以下、CD4数)が低いほど、ARTの開始が早いほど発症しやすく、結核の治療を開始後、2ヵ月以内にARTを始めた場合に高率に見られる10)

 IRISと診断された場合は抗結核薬の変更は必要ないが、症状が強い場合は抗炎症剤や短期の副腎皮質ステロイドの投与を行い、重症例では抗HIV薬の中止が必要になることがある。

 IRISの予防としてステロイドを先行投与する方法が提唱された11)。IRISのハイリスク患者(CD4数100/μL以下で、結核治療開始後30日以内にARTを開始する者)に対して、プレドニゾロン40mg/日を2週間、その後20mg/日を2週間投与する群とプラシーボ群で前向きに検討した。対象除外者はRFP耐性、神経系の結核、カポジ肉腫、HBs抗原陽性、結核の治療に反応の悪い者である。IRIS発症率はプラシーボ群47%、プレドニゾロン投与群33%(RR=0.70, 95% CI, 0.51-0.96)とプレドニゾロン投与群で有意に低率であった。重篤な感染症やがんの増加は特別無かった。

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