IX抗HIV薬の副作用
7.乳酸アシドーシス
乳酸アシドーシスは時に致死的となる代謝障害で、NRTIがミトコンドリアのDNAポリメラーゼγ活性を阻害するために発症すると考えられる。図IX-3に示すように比較的強いミトコンドリア障害を起こすddC、ddI、d4T 86)が使用されていた時代でも乳酸アシドーシスは1000患者・年あたり1.3人程度とまれな合併症である。現在ではさらに発症率は低いと考えられるが、乳酸アシドーシスを誘発しうるリスク因子(HBV/HCV共感染、肝疾患、CD4数低値、妊娠、女性、肥満)がある場合や薬剤(メトホルミン・リバビリン等)との併用時には注意が必要である。
表IX-2に、文献的に報告された90例の乳酸アシドーシスの臨床症状を示す 87)。これからわかるように、主な症状は悪心、嘔吐、腹痛などの非特異的なものが多く、軽〜中等度の肝機能障害を高率に認める。乳酸値が高度に上昇していれば(5mmol/L以上)直ちにARTを中止することも考慮する。ただし、乳酸値が5mmol/L未満でも乳酸アシドーシスの発症はあり得る。
治療は、ARTの中断と対症療法である。thiamine、riboflavin、coenzyme Q10、vitamins C、L-carnitineなどの投与を行ったとする報告があるが、有効性は明確でない 88)。回復後にARTを再開する場合は、比較的ミトコンドリア障害が少ないNRTIとされるABC、TDF、TAF、3TC、FTCなどを選択し慎重に経過を観察するか、あるいはNRTIを含まない多剤併用療法を検討する。
図IX-3 NRTIのミトコンドリアに対する影響

In vitro において骨格筋細胞にNRTI 各薬剤を投与し、ミトコンドリアDNAに及ぼす影響を検討したもの。
(McComsey et al. J Acquir Immune Defic Syndr. 37:S30, 2004 より作成)。
表IX-2 乳酸アシドーシス患者90例の臨床所見
中央値 | 範囲 | 正常値 | |
---|---|---|---|
乳酸(mmol/L) | 10.5 | 2.4–168.5 | 0.7–1.2 |
pH | 7.2 | 6.67–7.42 | 7.35–7.45 |
Bicarbonate (mmol/L) | 8 | 1.2–26 | 24–29 |
Anion gap (mEq/L) | 25.5 | 10.0–42.0 | 8.0–12.0 |
症状 | 人数(%) |
---|---|
吐き気 | 45 (53%) |
嘔吐 | 44 (52%) |
腹痛 | 38 (45%) |
体重減少 | 19 (22%) |
脱力感 | 19 (22%) |
不眠 | 19 (22%) |
食欲不振 | 16 (19%) |
多呼吸 | 13 (15%) |
下痢 | 8 ( 9%) |
倦怠感 | 7 ( 8%) |
腹部膨満感 | 5 ( 6%) |
意識障害 | 2 ( 2%) |
その他 | 8 ( 9%) |
軽~中等度の肝障害 | 65% (UNL 1.5–10.7) |